2008年11月アーカイブ

 年齢とともにいろいろなものの記憶があやしくなる。

 ポンペイは、1世紀ごろにイタリアにあったという都市。火山灰の下に眠る古代都市の発掘がすすんでおり、世界遺産でもある。

 ボンベイ(Bombay)は今のムンバイ(Mumbai)のこと。1995年に英語表記が変わりムンバイとなった。そしてムンバイでの大惨事。。。

 インドは中国とともにすさまじい経済成長を見せてきたが、100年に一度といわれる全世界同時経済危機で、インド株式はピーク時の半分にまで落ちた。バブルだったとはいえ「財産」が半減したことになる。(インド株式に投資していた人しかり)

 そして今回の惨事。もうこれでインド経済はそうそうは立ち直れないように(たぶん誰しもが)思う。日本は、敗戦から立ち上がり一時はアメリカに並ぶまでの経済力を身につけ、バブルの時すらもなんとか耐え続けた。日本人の(そして私の)甘さは、このような「歴史」に支えられているような気がする。

 来週12/2の講演会で講演される方は数日前にアメリカ出張より帰国したとのこと。アメリカではまた再びホームレスが増え続けているのではないだろうか。あちらでの様子を是非聞きたいと思っている(私は、1990-91年にアメリカ、Philadelphiaに滞在していた。当時はアメリカ経済の停滞していた時期。町中では、あたりまえのように、多くのホームレスを目にした。今は、あの頃よりもひどい経済状態であるだけに、気になる)。

学会情報

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中四国心理学会(2008, 11, 22-23)に参加。

本年は,広島文教女子大学にて開催。
広大の先生方および周辺大学の先生方とあれこれ情報交換。
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2009年度 香川大学(教育学部)
2010年度 鳥取大学(医学部)
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2009年は,5月に徳島大学で日本感情心理学会が開催されので四国での学会開催が続くことになる。
2010年の日本感情心理学会は広島大学(総合科学部)で開催予定なので,やはり中国地方での学会開催がつづく。

最近のこと

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 2008年11月,あっという間に時間がすぎていく。この1-2週間の「お仕事」について。

1. 大学 この時期は入試がつづき,教授会がつづく。私立大学としては比較的わかりやすい「お仕事」。授業も当然こなしており,その準備や後始末にも追われる。ひと昔は,教科書とノートさえあればすんだのだが,マルチメディアの「活用」の為か,最近はそうもいかない。学生気質もおおいに変化。特に,「多様な」で「個性的な」学生が増えており,なかなか一律にはいかない。

2. 学術講演会の準備 結果として12月の第一週に2件重なることになった。それなりの方をおよびし,それなりの内容の企画をせねばならず,なんとかまとまった。この一週間は会食も続く予定であり,相当にいそがしくなりそう。

3. 心理学検定模擬問題の作成 今年より始まった心理学検定の模擬問題の作成を依頼された。いうならば受験予定者の試験準備用教材の作成。一応,なんとか作問し,現在二人目の知人にチェックを依頼中。完全客観テストなだけに大変な作業。

4. 新聞コメントの寄稿 短いものと比較的長いものの二つの依頼を受けた。短い方はまもなく公開,長い方は12月の予定。ピシッと文字数が決まっており,まさに「売文業」の世界。それでいて,オリジナルな内容を盛り込まないといけない。それなりに言いたいことは書けた(ように思う)。

5. ブックレットの編集 行動科学学会で出しているブックレットの編集業務を担当している。ようやく2冊が印刷回しとなり,さらに1冊がスタート,さらにさらに1冊を執筆依頼。原稿完成おくれのものがかなりあり,それらもはやく仕上げてもらわないといけない。一方に,本屋さん(出版社)があり,営業にかかわることであるだけに神経を使う。

6. 集中講義の依頼 来年の心理学専攻集中講義担当者(候補)を探し,ご担当いただくように依頼。私の少し先輩にあたる年代の方であるだけに,これも神経をつかう。進行中。

7. 収穫 この十年来,貯蔵野菜を中心に自作をしている。なんとか霜にあたる前に,サツマイモを収穫。巨大なイモがかなりの量とれた。とりあえず来年以降は,山の家と畑の賃借を継続しないことにした。畑仕事の時間がとれなくなっている。干し柿も今年が最後。本来,この時期はタマネギの苗植えの時期なのだが,それもなし。寂しいが仕方がない。。。蝉と虫の声,蛍の光,イノシシ,ウサギ,キツネ,タヌキの足跡,そして源泉掛け流し温泉と「いなか生活」を確保してきたのだが,とりあえずは終止符を打つこととなる。

8. 実験機器の購入 かなりの費用を投じて,実験装置を購入する。購入資金を大学へ寄付してもらい,大学内の会計の枠内で処理してもらうこととした。おおきなお金が動くだけにあれこれと調整が必要で,数週間を要した。ようやく目処がたち,来年1月には納品される予定。

9. 学会メルマガの送信 日本感情心理学会の学会員向けにメールニュースを送信。こちらは12月修正施行の法律をにらんでおく必要がある。相手先不明でかなりのメールが戻ってきており,どうするか悩むところ。

10. し残していること 1) 来年度予算の作成,2) 本年度予算の執行,3) 日心時に約束した方へのデータ送付,4) 来年,海外の学会で発表をするかどうか,5) 学会年会費の支払い,6) 台湾で収集したデータの翻訳(進行中),7) 昨年度の調査研究費の完了報告書作成,8) IT業務委託会社との来年度契約継続に関する話し合い,9) 執筆依頼を受けているレビュー論文の作成,10) 実験室の片付け。。。。

 そうそう,キムチを作ろうと白菜をほしていたことを思い出した。オキアミと辛くない唐辛子を買ってこないといけない。小魚を発酵させた溶液は残っているので,あとはニラ,ニンジン,ネギと干し柿を刻んだものがあれば完了。なおコチュジャンは,下りSA小谷で売られている「Xさんのコチュジャン」がおすすめ。化学調味料に頼らずともここまで「うま味」がだせるのかと感心する。辛味はよわいので,辛い唐辛子を追加する。

 官能評価学会大会に参加。正会員320名ほど(年会費納入者が160名!)のこぶりの学会だが,賛助会員に企業がおおく,正会員の会費に匹敵する賛助会員費を入れてくれる(昨年度などは逆点していた。。。)

 Sensory Evaluationを「官能評価」と訳したのは,中京大におられた吉田正直先生と聞いたことがある。 歴史的には醸造試験所が日本酒の「官能」審査をおこなってきた。1950年代に日科技連がsensory evaluationをとりあげるようになり,その際に採用した用語が「官能」検査。先に述べた吉田先生が中心的に動かれたらしい。通産省(当時)の外郭団体ではなかったかと思う。製造する商品の「快適さ」「おいしさ」などを科学的に評価する方法,技術の開発が主たる目的。

 やがて官能検査法は,欧米の動きにもおおいに影響されて,「学」の道をたどる。1996年に学会設立。その際に採用された用語が,「官能評価」。快不快の評価を学とする官能評価「学」の誕生でもある。

 2009年には,官能評価士認定制度が開始される。これは初級,中級,専門の3レベルがあり,4月には初級・中級試験対策のテキストも出版される。金沢工業大学で感動デザイン研究所をスタートされた心理学の神宮先生が積極的に関与されており,心理学のウェイトのおおきい,かつ相当に「まとも」な試験になるのではないかと予想される。

 さて,心理学検定。本年度の概要は以下から:
http://jupa.jp/index.php?itemid=95
1210名が受験し,合格率は62%。1級と2級があるが,ほぼ半々。
 2009年度も予定通りに施行される。さらに4月(予定)には,心理学検定局編集による模擬問題集も刊行予定。センター試験と同様なスタイルの問題で,5択である。こちらの方の役員・理事は,日本の心理学の「大物」の名前がずらりと並んでいる。すごい。出題者は不明だが(当然),サンプルなどをみていると,時代,専門性,形式などさまざま。なかなか絞りきれない。とはいえ,基本をきちんと押さえておけば最低点は確保できるのではないだろうか。

 ということで,心理学(および関連領域)の新しい試験の話題を二つ。

 

再びの東京

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 機上:再び東京へ。厚い雲の層の上を飛んでいる。初めて雲を上から見下ろしたのはモスクワへ向かった時だった。まだ大学の3年生。当時は成田空港もなく,大阪の伊丹空港からも便がなく,なんと夜行列車で羽田へ向かった。あれから30有余年。よく生きてきたものだと思う。

 銀座:会合13時の予定が14時に変更。JR有楽町で降りて,銀座にむかう。何年も何年もまえから一度行かなくてはと思っていたカレー店「ニューキャッスル」で入る。「蒲田」を注文。丸く盛られたご飯の全体にカレールーがかけられ,さらにその上に半熟の目玉焼きがのる。予想通りに,素人ぽい素朴なカレーライス。創業昭和21年ということ。銀座の片隅で延々食べつづけられてきたカレー。
 しばらく歩くと,「チャーハンのうまい店 X竜」という看板を目にする。銀座彷徨中に何度か目にしてきた。チャーハンほど難しいものはない。それを売り物にする以上はよほど自信があるのだろう。入店。注文はもちろん「元祖職人チャーハン」(800円)。このメニューには,なんと「チャーハン検定合格者のプロの味!!」との説明まで付いている。中華鍋をかき回す荒っぽい音がする。そして登場。。。それは驚くほどにひどいものであった。まず米がいけない。銘柄も,炊き方も,事前処理の仕方も,調理の仕方も,味付けの仕方もお話にならない。あまりのひどさに驚いた。日頃は滅多にしないことだが,あえて1/3を残し,無言のメッセージとした。「チャーハンのまずい店 X竜」とした方がよほどインパクトがあり,客を呼べるのではないないだろうか。

 ホテル:再びの大崎止まり。ビジネス客に特化しているのだろう。窓際のテーブルは広く,携帯電話の充電器からLAN,空気清浄機と設備にそつがない。窓もわずかに開き外気をいれられる。ドリップコーヒーのサービスもある。さらに,今回は結構込んでいるはずなのに異様なほどに静か。グループ宿泊者がいないせいだろう。ということで,これからは東京農業大学へ。

 メラニンとメラミン,さらにメラトニンの違いは?
 心理学で大事な言葉は,睡眠ホルモンであるメラトニンだろう。単なる睡眠誘導作用だけでなく,ガンを防ぎ,抗ガン剤の副作用を緩和し,免疫系を強化するともいわれているようだ。ところがメラトニンの一気のみで自殺を試み,かろうじて一命をとりとめた人もいるらしい(http://square.umin.ac.jp/nishioka/melatonin-slide/index.html)。

 PSWとPWSの違いは?
 両方とも心理学の言葉ですね。まぎらわしいがここまで似ているとかえっておぼえやすいかもしれない。

 *再び,締め切りがらみの仕事が溜まり始めている。追われ始めると,ついつい逃げてしまいたくなる。このブログも逃げ場所の一つになりつつあるらしい。(逃避なのか,気分転換による対処なのか,頭の整理なのか,カタルシスなのか。。。)

  昨日から今朝にかけては,アメリカで黒人系のオバマが大統領に選ばれたというニュースがテレビ,新聞をにぎわしている。マケインの敗北宣言ではさすがに「アフリカ系アメリカ人」という表現を使っていたが,単純な言い換えに過ぎない。
 どうも気になることがある。オバマはハーフであり,アフリカ系と白人系(コーカソイド)の遺伝子を半々に受け継いでいるはずである。本来はどちらともいえないと思うのだが,半分がアフリカ系であるというだけで「黒人(black)」と分類されている。なぜなのだろう?父親がアフリカ人(ケニア人)だったからだろうか?
 アメリカ人は,黒人,白人,ヒスパニックと類型化して話しをするのが好きなようだ。しかしハーフやクオーターなどいくらでもいる。いったいどこで線引きをしているのだろうか。

 わたしの知っているアメリカ人は,そのルーツをたずねると,チェコが1/2,スペイン(だったと思うが。。。)が1/4,さらに。。。と,実に複雑な説明をしてくれた。その人の場合は奥さんが日本人だから,その子はさらに複雑になっていく。

 また別のアメリカ人は,自分のことをJonと読んでくれといった。Johnかと確認するとJonだという。つまり,アメリカ人によくあるJohnではなく,ユダヤ系のJonathanの略だからJonだということだった。顔にはユダヤ系の特徴はみられない。しかし彼は名前をJonとすることによりユダヤ系であることを表明していたのである。

 類型的思考は世界認識のためには実に簡便な方法。しかし少しでも「黒人の血」が入っておれば「黒人」と見なされるようにそこには「偏見」が見え隠れする。心理学ではネガティビティ・バイアスという現象がしられている。「欠点」は容易に般化するが「いい点」はそれほどではないという現象だ。対人印象においても食物好悪の獲得においても見られる。「やばいもの」「やばそうなもの」からは遠ざかるが一番という適応的戦略ともいえる。

 オバマ大統領の誕生に際して,ネガティビティ・バイアスの好例をみた思いがする。

 学会会場は寂しかった。二日目の朝に行ったためかもしれない。あるいは降ったりやんだりしている雨のためか。県庁は実に立派な建物。薩摩がいかに大きな権力をもつ藩(県)であったかを改めて納得させられる。ぶらぶら歩いていると十島村役場の物産売り場に遭遇。大学生の時に(30年以上も昔だ!),トカラ列島(十島村)にもわたったことを思い出した。売り場の女性(おばあちゃん)とトカラの話しをあれこれとする。最近の産業(?)である天日塩を購入。
 さて帰路は博多まで高速バス。乗り場近くの安売りチケット店では3900円の文字が見えるがまだ閉まっている。正規の運賃5300円を支払って乗り込む。3列シートの最後尾に席をもらった。なんと快適なのだろう。学生の頃に乗ったこともあるが,スキーバスだったためか実に悲惨な状態だった。これなら問題なし。のんびり本を読み,ワグナーのピアノ曲集などを聞いていると,4時間足らずで博多に到着。
 博多では,天神バスセンターから5分ほどの距離にある柳橋連合市場へ。幸村英商店で明太子を購入。5腹で5000円。ここの辛口はかなりの唐辛子を使用している。だが,明太子(の味付け)がその辛味に負けていない。相当に贅沢に昆布を使用しているのだろう。さらに博多駅では,手焼きしている梅ケ枝餅と熊本赤牛弁当を購入。1時間ほどで広島へ。
 今回は,小宝島の天日塩,鹿北製油のエゴマ油とラー油,幸村英商店の明太子と,たぶんどうしようもなくミーハーな(マニアックな)土産ばかり。

*「改行を変換」設定。

 ホテルから羽田空港までは7-8分と言うところ(無料送迎バス)。飛行機の隣席は空席。2時間のフライトものんびりと過ごせる。
 曇り空なのだが機上からは日本の地形がよくわかる。横浜,横須賀と確認していると,その向こうにはまだ雪で覆われていない富士山が浮かび上がる。ひと山だけがすっとそびえ立っている姿は確かに立派。高層ビルが少なかった時代は日暮里(いわゆる根岸)あたりからも見えたという。関東に生きる人々にとっては最大のランドマークになっていたのだろう。
 伊豆半島を過ぎるあたりは雲も多く,視界も今ひとつ。(さて一仕事)。
 鹿児島空港に到着。レンタカーを予約してあったので送迎バスで移動。翌日返しを当日の市内返却に変更。かねてより気になっていた鹿北製油の工場へ行く。ここはごま油やえごま油を石臼で絞って製品化しているということで,最近のスローフードブームにのって一躍脚光を浴びている。なるほど,こんな山の中にあるんだと納得。一路鹿児島市内へというつもりが,強行スケジュールの疲れがでたのか,新湯温泉に立ち寄る(これぐらいはゆるされるだろう)。
 ホテルは一泊4500円で朝食付き。部屋も広く,Lanもきちんとついている。整髪料(資生堂のアウスレーゼ)もボトル置き。よくこれでやれるものだと驚く。朝食もあなどれない。東京なら1800円から2300円はとられそう。
 朝食時,湯豆腐のとなりに黒いソースがあった。鹿児島の人は湯豆腐にこんなソースをかけるのか,といぶかりながらそれをかけると,係の人の声。「カレーですよ」

 昨夜の食発達研究会はバリ島をフィールドとして研究を続けてこられている先生を招き,お話をうかがった。研究会後は大隈会館で懇親懇話会(といっても今回は5名とすくなかったが)。

 やはりバリはおもしろい。どうも日常の食とハレの日の食がはっきりと区分けされているらしい。日常の方は,家族の一人一人が食べたいと思うときに「一人で」隠れてこそこそと食べる。食べるところを人に見られるの嫌がり,たまたま人が通りかかったりするとさっと背中を向けてしまうという。行為としては排泄・排尿のかんかくに近い。
 その一方で,ハレの日はちがう。儀礼食というものがなんと一ヶ月35日(なぜか一ヶ月は35日らしい)に5-6回もあるとのこと。その日は,トリ,豚,牛(ヒンズー教徒なのに!)といった動物性タンパクをしっかりと食べるとのこと。それも共食で。
 ただお酒をあまり飲まず(いわゆる宴会でない),談笑した会話はつづくらしいが,食事そのものは20-30分で終わってしまうらしい。調理に4-5時間かけた食事にしてはやや寂しいか。
 ハレの食事とケの食事の明確な区別。それに個食と共食がリンクしていることがおもしろい。家族が一同集まってすごす団らんが,いかに個別文化の支配下にあるものかがよくわかる。
 日本の食卓も「バリ回帰」しつつあるようにも思う。儀礼食としての「家族のだんらん」に。

 さて一ヶ月ぶりの東京。再び太田市場内のホテルへ。遅くなったため,大森駅よりタクシーで1700円(土曜日でもありバスは終わっていた)。部屋は広めで「洗い立てスリッパ」も用意されており,窓ははめ込みでなく外気を取り込める。もちろんLANもつながる。空港へは直行バスで10分(のはず)。不便であり便利でもある。。。

 10:35発予定の羽田行きが1時間10分の出発の遅れ。カウンターで1000円のお食事券をくれる。今回はプレミアムシートキャンペーンということで,広島-羽田路線が2000円割引の5000円。空港内のロイヤルホストで朝からビールを飲むはめとなる。

 教員(平)の出張旅費はエコノミークラスで計算されて支給される。椎間板ヘルニアをもち,いつどのタイミングで激しい腰痛に見舞われるかもしれない私は,プレミアムシートに座ることが多い。差額はもちろん自腹。閉所恐怖と対人恐怖の傾向もあるだけに,QOLを維持する為には仕方のない支出と割り切っている。

 かつては教員の出張旅費は,JRについてはグリーン料金で計算され支給されていた。若く,正直で真面目な新米教員であった私は当然のごとくグリーン車を利用した。ばつの悪い落ち着かない座席である。ある時,(当時の)ベテラン教員から贅沢をしていると驚かれた。その教員によれば,まともにグリーン車を使用している教員などまずいない。皆,支給されるグリーン車料金と実際に支出するエコノミー車料金の差額は「別手当」として受け取っている,ということであった(手当は別途2200/ 日支給される)。素直な私はそれ以降エコノミーを利用するようになった。しかしこれはこれで落ち着かない。「別手当」はいうならば「ネコババ」である。厳密にいうならば,雑収入なのだから,確定報告をしなければ所得税法違反となる。

 幸いなことに,ある時から,支給される旅費はエコノミー料金で計算されるようになった(一部役職者らはあいかわらずグリーン料金,ビジネスクラス料金が支給されている。彼らが実際にグリーン車やビジネスクラスを使用しているかどうかをチェックする仕組みはないので,「所得税法違反」の実態は不明)。

 ということで,ぼちぼちかと思っていると再びアナウンス。1時間10分遅れは1時間55分遅れまで引き延ばされた。本来はとっくに羽田に到着している時間であってもまだ飛行機は飛ばないのだ。1000円の力は大きい。ロイヤルホストの店内で暴動の起こる様子はうかがえないし,店頭では席の空くのをまっている人達の顔がみえる。(私も15時からの会合予定なので,比較的のんびりと構えている)。

 

 PCのある生活が本当に「好ましい」ものかどうか。この十数年の間に,腕時計をもたなくなり,スケジュール帳をもたなくなり,携帯電話もほとんど使用しないというライフスタイルに移行した。電話には,家の電話にも研究室の電話にもまず出ることはない。交信手段はE-mailに集中している。そのE-mailをチェックするためにはインターネット接続が必要不可欠。かつてはどこへいくにもLanケーブルは欠かせないものであったが,今は公衆無線が次々と開局している。思いもかけないところで無線に乗り込むことができる。今年はE-モバイルを個人契約したが,単身生活を開始した家人にもっていかれた。研究経費でB-モバイルを購入。それなりに重宝したのだが,トラブルがつづく。B-モバイルまで「故障」で修理にまで出したのだが,「正常」でもどってくる。どうも「悪の根源」はMacらしい。

 Mac( MacBook Air)は,すでにAir Mac Cardを認識しないまま一月が過ぎた。さすがに不便。自宅でもLanケーブル接続となる。システムソフト上の問題らしいということで,別アカウントをつくってみたり,アップグレードしたシステムを導入時のシステムに再インストールもしたのだが改善されない。これはまともに「修理」依頼を出さざるを得ない状況。

 で,PCの不便さ。ハードディスクが大容量かつ廉価になったあたりから,ファイルを整理することがなくなった。Macspotlightで検索すれば,たいていのファイルはヒットするHDの容量を気にすることなくポカポカと放り込んできた。修理となると,個人情報は渡せない。便利が故に,便利さを享楽させてくれていたが故に楽をしていた。ここに来てPCの中身をチェックし直さなければならない。「まいったなぁ」「めんどうだなぁ」が実感。PCのない生活の方がよほど「好ましい」と思う。