2009年3月アーカイブ

今日を生きる!

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 データ解析やら報告書の作成に追われている。気分転換に「古語雑談」(佐竹昭広)を読む。おもしろい話しがでてきた。

 「不精の悪魔」には2種類のものがある(らしい)。一つは,仕事をあとへあとへの引き伸ばすこと。どうしてもっと早くにしておかなかったのか,もう締め切り直前じゃないか,という経験は多くの人がもっているだろう。これを「けだい」という(らしい)。「懈怠」と書く。

 一方で,「らんだ」という「不精」がある(という)。先のことばかりが気になって,それを今やってしまわないと落ち着かないという心理。「強迫的」な仕事依存症みたいなことだろうか。「懶惰」と書く。

 何事も前もって片付けておくことは好ましいと思われている。しかしながら,「明日ノ所作ヲ今日成ス」ことは「不精」の範疇に入るのだ。明日のことを今日行っても支障が生じないということは,今日という時間がポカリと空いていることになる。それではいけない,今日という時間をしっかりと生きないといけない,ということらしい。

 「今日できることを明日に延ばすな!」は不精のすすめ,ということになる。
 「明日できることを今日するな!」が正解。。。?

 とはいっても,凡人は「どうしてもっと早くに,しておかなかったのか!」と後悔の塊となりがち。いやはや「今日をしっかりと生きる」ということは実に難しい。


 

 

横浜・つくば

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 今年度最後の東京出張。横浜での仕事を終え,今回はみなとみらいの最先端にあるアメリカ資本のホテルに宿泊。ひさびさの「ぜいたく」(ということは赤字。。。)。この種のホテルによくあるのだが,今回もアップグレード。22Fの,横浜港の全体を見渡せる広い部屋を用意してくれた。バスルームにはシャワールームも併設されている。ゆっくりと足を伸ばせるバスタブはありがたい。(チェックアウト時に偶然わかったのだが,あてがわれた部屋は,本来は3万ほどの室料をとる部屋だった)

 ホテルの最上階にあるレストランで食事。一人でも入りやすいアジア料理店。生春巻き,春雨サラダを肴に,ベトナムビールの333(Bar Bar Bar)を飲む。皮膚垢(あか)が腐ったような独特の匂いがほのかに匂う(Asian!)。MSG(化学調味料)を感じさせない味付けに一安心。締めはレッドカレー。スパイスは相当に効いているのだがココナッツミルクがたっぷりと使われているせいか,汗は出てもむせるようなことはない。米もしっかりとインディカ米を使用している。中華街をパスして正解であったと思う。

 ホテルのすぐ横には大観覧車が回っている。さすがに一人で観覧車に乗ろうとは思わない。このあたりは若い人たちにとっては魅力的なエリアにあるに違いない。実際に観光客は実に多い。平日でありながら中華街は大変な人出であった。
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 朝は横浜ベイブリッジの上を太陽が昇っていく。きわめて人工的な場所(埋め立て地に作られた町,ホテル,遊園地,マンション群)で朝日を見ていると,太陽までが人工化された装飾物のように思えてくる。チェックアウトは11時,しかし本日は7時前にはホテルを出なければならない。少々惜しいが仕方がない。若い人がのんびりと遊びに来て宿泊するには値打ちのあるホテルと思う。
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 横浜駅から秋葉原駅までをJRで。単純に京浜東北線を使ったが東海道線をつかうべきだったかもしれない。このラインはJRだけでもいくつもの路線が併走しておりわかりにくい。平日の為か列車は混み合っている。車窓からは川崎,生麦(鶴見),蒲田,大森あたりの町並みが見える。工場(大きな工場はキリンビールぐらいだろうか。中小が多い)と古くからの住宅とマンションが無秩序に並ぶ。
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秋葉原からはつくばエキスプレス。秋葉原の駅はとんでもなく深い地下(地下4F)にある。地下鉄のそのまた下に作っているためだろう。そして浅草駅を過ぎ,南千住駅あたりまでは地下を走る。一度地上に出たかと思うと北千住駅を過ぎたあたりより再び地下へ。やがて,ようやくにして地上を走り出す。とはいってもエンエンと高架がつづく。「東京」は広い。。。
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つくば駅周辺はなんと清潔で「美しく」人工的な空間なのだろう。好みの問題ではあるが,無味乾燥,おもしろみがない。「東京」の駅前ではおなじみの「立ち食い蕎麦屋」がない。スターバックスとTULLY'sしか発見できない。。。「清く,正しく,美しく」という言葉がつい口にでてくる。においのしない町。ふと,筑波大学は,その創設時より現在に至るまで,大学生の自殺者が多いことで有名であったことを思い出す。このようなところで一度「閉塞」してしまうと,逃げ場がないのだろうと思う。

そして本日のテーマは「味とにおい」。MEGやらNIRSやら最新の計測機器,計測方法についての講義とデモ。なかなか勉強になった。
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夕方,秋葉原へ戻る。急に食欲をおぼえ,"Becker's"というハンバーガー店に入る。JR東日本の経営らしい。セットもので730円!(結構高いのだが,中身は。。。?)。空港ではついついスタンドカレーを食べる。これも780円もとりながら。。。?

東京に出るとお金が(あまり)減らない。JR,モノレールは「イコカ」がそのまま使えるし,ホテルなどはクレジットカード,空港,コンビニなどは「エディ」。キャッシュレスの時代なのだと思う。現金の受け渡しが少なくなるとどうもありがたみがなくなる。

ということで,今回の「お仕事」も無事終了。


 

 私の居住地では市議会選挙の真っ最中。気を散らされることはなはだしい。
 いざ選挙となると候補者の皆さん,突然に平身低頭,卑屈のかぎりをつくす。笑顔(らしきもの)を振りまき,大声をあげて手をふってくる。あとは「おねがいします」の連呼ばかり。

 騒音。これは法的に認められており下手に「うるさい」「静かにしろ」と言えば選挙妨害となる。逮捕される危険がある。しかし,一度騒音計で測定したいものだ。明らかに法的基準を超えていると思われるケースがある。病人のいるご家庭など,苦痛以外のなにものでもないだろう。これはまさに暴力だ。

 「お騒がせしております」などは怒りを超えて悲しくなる。満員電車でとなりの人から思いっきり足を踏まれて,その人が「ただ今,あなたの足を踏んでおります」と言いながら踏み続けているようなものだ。あるいは「これから,あなたの足を踏みつけます」と言われながら踏まれるようなものだ。

 交通妨害。トロトロ運転の選挙カー。朝の7時から走行中のクルマをめがけて手をふり,呼びかけ,頭をさげる。つい脇見運転をしてしまう。集中力が拡散される。これなども危険きわまりない暴力行為だ。クラクションの一つも鳴らしたいが,下手をするとこれまた選挙妨害。

 自宅訪問。現職議員の立候補者なる者が,呼び鈴をならし,玄関を開けさせる。セールスと変わらない。セールスはまだ商品という対価を提供するが,こちらの方は「おねがいします」ばかり。宗教勧誘と変わらない。おつきがこちらの対応をみて何やらノートに記録している。目つきが悪い。たちの悪いちんぴらに絡まれたような気分になる。

 選挙期間中の候補者(現職議員含む)は,どこまでも卑屈であり,卑怯であり,暴力的だ。名前を連呼ばかりで,あとは,「大変厳しい選挙を戦っております」など自分たちのことばかりをがなりたてている。中身のない「いなか選挙」。これが私の居住する市の「民度」なのかと思うと,ぞっとする。こんなことにとんでもない金額の税金が投入されているのかと思うと,さらにぞっとする。

 私の選挙投票行動のルール。その1:当落線上の候補者に投票する(一票の重みはぐんと増す)。その2:「卑屈」な候補者には絶対にいれない(名前を連呼されるとどうしても名前を覚えてしまう。その名前を「絶対に投票しない候補者リスト」に入れていく)。

「選挙運動は無駄だ,税金の無駄遣いだ。選挙カーによる名前の連呼は「不」必要悪だ。騒音暴力だ。そのようにお思いの方は是非私に投票して下さい。(成立不可能とおもいますが)選挙運動廃止法案を提出します」という人がでてくれば,投票するかもしれない。

 最新のGDP速報値によると,昨年末の3ヶ月間の個人消費は0.4%の落ち込み。個人消費はGDPの5割強を占めるというからそれなりに大きな数字。(内閣府)一方で,二人以上世帯の消費支出は5.9%減。(総務省)

 なんなんだろう,この違いは。後者は直近一月(いちがつ)の調査だから,年が明け,すさまじい勢いで消費が落ち込んでいったのだろうか。あるいは,若者,高齢者を主とする一人暮らし世帯で消費が拡大しているのだろうか?

 伸ばしているにはユニクロ,ニトリ,マクドナルドそして通信販売業界らしい。特に,インターネット媒体による生鮮食品の売り上げが伸びているらしい。百貨店,ファミレスの低迷傾向は鮮明。スーパーも,「不況による内食志向」のわりには伸びていない。飽和状態のコンビニは再編が加速する一方,系列を超えた取引関係が生じていくらしい。

 ということで,日本人の消費行動はこの先どのようになっていくのだろうか。

 トレンド1:不況による内食志向 これは「節約」の結果だろうと思う。切り詰めないとどうしてもない。かといって,携帯は必需品,インターネットも必要。まずは食費から,ということだろうか。

 トレンド2:ひそかな贅沢 ときどき高価なチョコレートを購入し少しづつ食べる,コンビニでハーゲンダッツを購入して食べる,ワイン・オリーブオイル・チーズ・ビールの高級品をたまに購入して楽しむ,温泉名のついた入浴剤を購入して温泉気分を味わうなど,「ひそかな贅沢」志向。

 「節約」によって傾いた「こころのバランス」を,「ひそかな贅沢」で取り戻そうとしているのだろうか。ならば,贅沢な気持ちになれるものがこれからはヒットするのかもしれない。

 近未来1:「ひそかな贅沢」を感じさせるもの。あこがれ,理想,夢,「セレブ」,「田園調布」,感情移入しやすいもの。。。となると,やはり「個食」が条件だろうか。一人でないとなかなか「夢見ごこち」にはなれない。

 

 最近,大学生の学力低下が話題になることが多い。学習支援室(センター)を設けて,高校の補習をおこなうことが流行り,それが最近の大学のトレンド,セールスポイントになっている。

 なんたる矛盾だろうか。学習支援の必要な受験生に対して「ごめんなさい」と言うのが入試であったはず。今や入試は「選抜」ではなく,受験資格要件の確認作業の場となりつつある。そして,入学してきた学生に対しては,入学を許可したのだからと,相当な無理をして卒業させ,あわよくば本人の希望する進路(就職)へ進めるようにとサービス(相談,紹介)を繰り返す。今や大学内の「基幹産業」は,入学センターとキャリアセンターの2部署となりつつある。

 「最高学府にふさわしい教育」などどこにもない。建前にすらなっていない。「最高学府」は,日本的相互依存,相互責任転嫁の象徴的存在となりつつある。そして,にっちもさっちもいかなくなると,トカゲのしっぽ切り,犠牲の羊を用意する。いったいどれほどの大学で,どれほどの教職員が,「しっぽ」「羊」にさせられまいとビクビクとしていることか。

 これでは,欧米の大学に追いつくどころか,韓国,台湾,中国など東アジア諸国の大学にもあっという間に追い抜かれるだろう。

 はたして,わるいは「ゆとり教育」だろうか。「ゆとり教育病因論」は,大学人の「手癖の悪さ」を象徴する。大学側が毅然たる態度で入試をおこない,授業について来れない学生は退学させ,卒業後の進路は本人責任と割り切ればいいのだ。そうすれば高校側も「ゆとり」にあぐらをかくわけにはいかなかったはず。

 「ゆとり教育」は中身のともなわない役人言葉でおわった。本来は,大学こそが「ゆとり教育」の場であったはず。「ゆとり」なく,「最高学府」の教育などできるはずはないのだから。それが今や,「ゆとり教育」の後始末の場となりつつある。これまでの数十年,大学人の多くが,「ゆとり」にあぐらをかいてきたツケが回ってきたのだろうか。。。。

 *終わったと思っていた工事がまだ完了していない。卒業式もおわり,連休中の静かなキャンパスで,「ゆとり」をもってお仕事をしようとやってきたのだが。。。
 **本稿は,私の勤務する大学批判ではない。日本の大学産業全般についての感想。(私はトカゲではなく,従順な羊でもない。。。)

 勤務先の大学では,耐震補強工事が一ヶ月を超えて続いている。キャンパス,教室が工事現場となっている。慣れとは怖ろしいものだが,私の知るかぎり他大学ではまず見られない光景だ。学生,教職員の「安全」を確保する通路が確保されていない(工事用車両の通路は確保されている!)。工事により失われた「教育・研究サービス」を補填する為のスペースが確保されていない。試験期間が過ぎるとピタリと学生が来なくなるが故に,このようなことも可能なのだろうが。。。なんとも。。。

 先日は,東京の高田馬場に2日間通った。早稲田大を軸に,大学,高校,専門学校,予備校などが集まっている。学生が多く,週末の夜ともなると,駅周辺は,高架下の騒音に負けない喧噪の場となる。(そういえば,これまで早慶戦やら大学祭やらのお祭りにぶち当たることがおおかった)。

 私の卒業した大学では,コンパの締めは肩をくみ,校歌を歌い,エールを交換するというのが「日常」だった。20数年前にこちらの大学に赴任したとき,そのような習慣がないことを知り驚いたことがある。今もって,学生らが折に触れて校歌を「熱唱」する!,という光景はみたことがない。

 東京都市圏の,山手線周辺にある私立大学の,そのにぎわいをみていると,地方の,さらに郊外にある私立大学の,その寂しさはあまりにも対照的。「受験生は東京をめざす」流れはそうそう変わるものではないだろう。

 さて高田馬場。大学周辺の食堂,飲み屋さんのレベルは高い。高田牧舎とその周辺だけでも多数の店舗が密集している(カツ丼発祥の店などもあるが,評判は今ひとつ。店の方も「それを売りにしていません」とのこと)。たまたま入った店での「お弁当」もおどろくほどレベルが高かった。見ていると,その店では「肉豆腐定食」がよく出ている。実にうまそう。。。と,つい他の人の食べているものに目がいってしまう。

 ラーメンの「名店」が集まっていることでも有名。高田馬場郵便局から少しのところにあるラーメン店にたまたま入ったのだが,実にレベルが高かった。(今,調べてもGoogle mapにでてこない)。

 近くには,「K(Kころ)」という飲み屋があり,そこにもたまたま入ったのだが,日本酒の充実度とお通しのレベルは相当なものだった。

 アジア系料理店もおおく,たまたまミャンマー料理店にはいったのだが,妙に日本人好みになっておらず,値段も安く,好感がもてた。

 チャーハン専門店というのもあった。なんと,中華鍋が回転し,自動的に攪拌される「装置」を使用していた。330円の出来たてチャーハンを「薄利多売」する新兵器だろう(私には,なぜか味の濃いピリ辛チャーハンがきた。不信に思いながらも食べ始めると,なんと配膳ミス。別の人の注文品だった。その人に謝るばかりでこちらには誤らない。むっときて,そのまま出てしまった。。。)。

 宿は,種々の事情から西麻布のA(xx)ホテル。耐震偽装がらみ,防衛省がらみで悪評の高い系列ホテル。サービスもひどく,二度といくことはないとおもう(紹介元のA(xx)航空には「正直な感想」を報告)。来週は横浜。さすがに,今回は宿を少々奮発することにした。

 

 

JPN47NEWS(共同通信: http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009030701000438.html)に次のような記事が掲載されていた。タイトルは「抗うつ薬で暴力など42件 厚労省が因果関係調査」
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 抗うつ薬の「パキシル」など4種類のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)を服用した患者に、他人に暴力をふるうなど攻撃性が高まる症状が表れたとの報告が2004年から昨年秋までに計42件、医薬品医療機器総合機構に寄せられ、厚生労働省は7日までに、因果関係の調査を始めた。
 メーカー側に見解を求めるとともに近く専門家の意見も聞き、攻撃性についての注意書きを盛り込む方向で、添付文書の改訂を指示することを検討する。
 厚労省によると、報告があったのはパキシル、ルボックス、デプロメール、ジェイゾロフトの4社4製品。42件のうち「人を殺したくなった」など他人を傷つける恐れのある言動をしたり、実際に暴力をふるったりした症例が19件。残る23件も、興奮して落ち着きがなくなるなどの症状が表れたという。
 因果関係は不明だが、うつ病を併発した認知症の70代の男性がパキシル服用後に妻を殺害するなど、刑事事件に発展したケースもあった。
 SSRIは、脳内の神経伝達物質セロトニンの濃度を調節して神経の活動を高める薬。三環系と呼ばれる従来の抗うつ薬よりも副作用が少なく、うつ病治療に広く使われており、国内でも推定で100万人以上が使用しているとみられる。
 厚労省は「うつ病以外の患者にも使われていなかったかなど慎重に調べたい」としている。
2009/03/07 12:31 【共同通信】
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 感情研究者にとっては,セトロニンと攻撃行動との関係は,試験問題にもでてくるほど,基本的なことがら。中枢薬の開発,申請,認可にはとんでもない月日と手続きが必要と聞く。効用はむろんだが安全性の試験が繰り返し行われる。それでいてこのようなことが今頃になってでてくるのだから驚く。

 ちなみに,Yahooヘルスケアでパキシル(商品名)をみると,「。。。この薬はとくにセロトニンの受容体(脳神経細胞への受け入れ口)を特異的,選択的に遮断することによってセロトニンの取り込みを阻害して,うつの症状やパニック障害に改善効果を示します。」(http://health.yahoo.co.jp/medicine/2/1179041F1025/)とある。

 副作用としては「一般的な副作用としては。。。さく乱,幻覚,せん妄,けいれん,重い肝障害などもあります。。。また24歳以下の人では,治療の効果と自殺企図の危険性をよく考慮の上で使用が決められます。」とある。

 自殺とは自分自身に対する最大の攻撃行動である。

 うつの改善が改善にとどまらず攻撃(他者あるいは自己への身体に危害を与える)にまで発展するというリスク。そのようなリスクがあることを知っていながら,それを投薬する医師(投薬せざる得ない医師。。。)。「臨床」とは大変な世界だと思う。

 出張先の大阪では朝食に吉野家に入った。納豆定食に牛皿並。納豆も生卵も牛皿も丼飯にぶっかけて,かき込む。朝の時間帯がちょうど終わりになった10時頃のためか,客が一人もいない。従業員も一人,奥でなにやら作業をしている。適度な空腹を感じながら,人目を気にせず,ぶっかけ飯をかき込む快楽。

 原初的,動物的,非「人間」的な行為に集中できることの快楽といえばおおげさか。

 その日の夕方には,神戸(の奥の方)で昭和29年創業というカウンターだけの餃子屋にはいった。夫婦二人で営業しており,二人ともすでに70才前後という印象。ビールを飲みながら焼き上がるのを待っていた。

 一人は,メリケン粉の固まりをローラーで引き延ばし,空き缶のようなものを使用し丸く切り取っていく。一人はそれに豚肉を主とした具をつめていく。味付けはほとんどしていない。

 カウンターには醤油,ラー油,酢以外に,神戸ではおなじみの味噌がおかれている。赤萬は肉味噌だがここはシンプルな合わせ味噌。(そういえば,震災前まで営業していた三宮の赤萬には頻繁に通っていた。なつかしい)。

 醤油すくなめ,ラー油,酢は多め,それに味噌をそえて,食べ始める。最後に,口直し用に残しておいたビールを一口流し込み,終了。

 ぶっかけ飯から少々格上の食事をしたような気がする。

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 広島にいる時はお昼にM亀製麺といううどん屋へ行くことがおおくなった。釜揚げうどんのセルフを「武器」に,宮島店,五日市店とも昼時には大変な行列である。

 あれこれ食べてみたが,釜揚げ大,サツマイモの天ぷら,いなり寿司が定番になりつつある。ネギとショウガが取り放題であるのがうれしい。釜揚げうどんを即時に出せるようにしているためか,少々堅めの時と相当に柔らかめの時があるが,こればかりは仕方がない。注文を聞いてからゆで始めれば20分は待たされるだろうし,向こうもこれでは商売にならない。

 これまた一心不乱にかき込む快楽。

 「よく噛んでたべましょう」という「教育」はどうかと思う。噛めば噛むほど喉の通りはわるくなる(嚥下によりもたらされる体制感覚が変化する)。噛めば噛むほど,デンプンは唾液(アミラーゼ)と混ざり,味が変質していく(みな同じ味になる)。

 口腔は外部から身体への侵入者を防衛する最終基地である。快感がここを一挙に突破することを指示している。いうならば,

 食とは,自己(精神: soul)が,自己(身体: body)に進入する行為だ。ぶっかけ飯の快楽は,その暴力的な進入,攻撃行為を支えている。

 
 
 

再びの京都

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 お昼に,大阪梅田地下街のインディアンでルーの大盛りカレーを食べる。ずいぶんと昔からやっているカウンター形式のカレーショップなのだが,始めて食べる人には注意が必要。気軽に口に入れれば咳き込むこと間違いなし。トウガラシとコショウとスパイスが限界まで投与されている。ふんだんに使用されている乳クリームと果実の甘さで,なんとか食べ続けることは可能である。とはいえ,食後しばらく口の中はヒリヒリとしている。夏場なら汗がどっと噴き出してくる。口腔を徹底的に「いじめ」るタイプの食べ物だ。ともかく,この辛さに覚悟は必要。

 大阪市内に何軒かのチェーン店があるが,どうも,なぜか,味が違うように感じる。すでに他界されたママさんなる人によって作られていたのだが,現在はその娘さんが後を引き継いでいると聞く。古参従業員も教えてもらえない秘伝のレシピということらしい。数年前に東京丸ビルにも出店した。機会があればぜひ試されたい。

 ただし,カウンターカレーでありながら780円をとる。ルーの大盛りは200円アップ。それでいて列のできていることが珍しくない。大阪人にとっては「麻薬」とすらなっているのだろう。(とかくお金にうるさい大阪人をして列を作らせているのだからたいしたものだ)

 さて,あれこれと用事をすませ,夜は先月に続いて京都,再び。今回は東山円山公園奥にある料亭S阿彌。嘉永2年(1849年)創業ということなので,150年をこえる歴史をもっていることになる。上品な懐石料理を肴に日本酒を飲み続ける。

 集まったメンバーは60歳前後3名,50歳代半ば1名(私),40歳代半ば1名,30歳代半ば1名の男性6名。気持ちよくよっぱらって後は,円山公園をぶらぶら歩き,祇園へむかう。口直しにオールディズのライブハウスへ。

 60年代の(ビートルズ以前の)洋楽,ロックンロールの生演奏をしている。私ですら小学生から中学生の頃にさかのぼる,大昔しの音楽だ。とはいえ,演奏される曲はそのほとんどを口ずさむことができる。今でいうとクラブなのだろうか,当時(高校生の頃)はゴーゴーホールで流れていた音楽だ。ここでは,老いも若きも立ち上がり,踊り始める。

 演奏は,ボーカルも含め実にうまい。姿格好も男はリーゼント,女はポニーテイルとさまになっている。メンバーの年代は20歳代から30歳代。彼らの(彼女ら)の時代の音楽ではないだけに,どうものりきれない。とはいえ,それなりに楽しみ,2回のステージが終わるまで居続けてしまった。(飲み続けてしまった)

 深夜に解散。酔い覚ましをかねて四条から五条のお茶屋が並ぶ通りをぶらぶらと歩く。ここは,いわゆる一見さんお断りの店がつづく。仕事を終えたであろう舞妓さんの3人連れとすれちがう。京都祇園の夜,風情あり。(ちなみに,舞妓さん一人をよぶための最低料金は1時間4万円とのこと。一人だけを呼ぶことはありえず,最低でも三味線担当一人をつける。すると8万円。これは移動時間を含んでいるので,2時間分は必要。つまり16万円。。。。まあ,こんな細かな金計算をする者には縁のない世界ではあるが。。。)

 予定通りの散財。京都の安ホテルに宿泊。