2009年12月アーカイブ

成人の日

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 本日は,2010年(平成22年)1月12日「成人の日」でお休み。学生も2年生の多くは成人式に参加していることだろう。成人式とは直接関係のない者にとっても祝日。成人人口の増加を祝うだけでなく,この20年間を顧みるひとときをもちなさい,ということなのか。

 私の成人式は1974年のはずであるが,まったく記憶にない。私自身も日本の社会も忙しく,成人式を祝うような雰囲気ではなかった。国民一人あたりGDPの推移をみてみると,日本人が,アメリカ人に次ぐ「金持ち」国民(「国民一人あたりGDP」のOECD加盟30ヶ国中の順位)になる道を一直線に走りつづける助走期間に位置していたようだ。とても成人式どころではなかったのだと思う。

 「国民一人あたりGDP」の経年にわたる順位変化を見ていくと,日本は1988年に3位に達している。そこでほぼ上限にたどりついたのだ。2年後の1990年には8位に落ちる。しかしその後,急速に立ち直り,1993年には2位をつける。この1993年がまさに「ハレの年」であり,その後しばらくは上位にとどまり続ける。ところが2000年より急速に落ち始め,IMF推計によれば2008年は22位ということだ。1980年あたりの位置にまで落ちている。つまり本日成人を迎えた人たちは,20年の人生の前半は「経済大国」日本に生きて,後半は日本経済が急速に落下し続けていく10年だったということになる。つまり「黄昏れ(たそがれ)」の人生だ。

 世代比較をしてみると,今30歳の人は,10年刻みで上昇-高原-下降の人生をおくっており,今40歳の人は,同じく10年刻みで上昇-上昇-高原-下降となり,今50歳の人は上昇-上昇-上昇-高原-下降となり,今60歳の人は上昇-上昇-上昇-上昇-高原-下降の人生を送ってきたことになる。このように見ていくと,世代による「人生観」「世界観」の違いがおおきくなっても仕方がないように思えてくる。

 はたして10年後の成人式に出席する人たちはどのような20年をおくった人たちになるのだろう。下降-下降なのか下降-低迷なのか。よほどの(世界史的)事件が起きないことには下降-上昇はないだろう。

 もちろん「国民一人あたりGDP」だけがQOLを決めるわけではない。ただ,下降と低迷しかしらない世代の人たちの「幸福感」は,上昇を経験してきた世代の「幸福感」とはずいぶんと違ったものになるような気がする。

 

 

 今年最後はやっぱり東京か。。。

 台北から成田に入り,高田馬場へ急行。小児科医として著名な先生を囲む研究会に出席する。発達障害にお詳しいのだが,今回は栄養障害の話し(とはいえ,ADHDの話しが頻発する)。結論にいたるプロセスはずいぶんと違うのだが,結論は私とじつに一致する。ところが,さかんにメモをとっていると身体がふらふらとしてくる。メニエール様の反応だ。やばい。。。懇親会(忘年会)を欠席し,ホテルにもどり休養をとる。

 この一年もしかり,特に今月はとんでもなくタイトなスケジュールだった。さすがに身体が危険信号を発し始めた。。。休め,休め。

 翌朝,新宿のホテルからすぐのところにあるクリスピー・クリーム・ドーナッツの店へいく。さすがに並んでいる人はいない。なにしろ土日の日中ならば1時間2時間の順番待ちは当たり前という店。おみやげに大箱一つとオリジナル・グレーズドを一箱,さらにオリジナルグッドも購入。台北での消費感覚でいうならば3万円前後の支出ということろか。

 そのまま吉野家へ。牛皿小鉢つきのハムエッグ朝食セットに納豆を追加。540円なり。そういえば昨日の「隠れた栄養障害」の話しでは,ビタミンD不足,鉄分不足,脂肪酸(特に不飽和脂肪酸)不足が取り上げられた。ただちに栄養分析ができるほどの能力はないが,これでもバランスがわるいような気がする。栄養素から食事を考えることは難しい。。。

 ホテルに戻る。荷物を整理し,出発の準備をする。12時にアキバで待ち合わせ。こんどは日本の「アニメ」探索だ。テレビでは放送大学が世界の宗教観について講義をおこなっている。死者の埋葬法が宗教によってどのように異なるかという話し。頭は再び,あれやこれやと考え始める。

 「アニメ」先生のご都合により待ち合わせを14時に変更。その間,アメ横を探索。人人人の波と渦。中高年が多い。地下へ潜れば,店員も買い物客も韓国語と中国語ばかり。地上では荒巻鮭とマグロとタコが売られており,地下では上海蟹と鯉が売られている。アメ横はおもしろい。専門店に入ると,鮭児,ときしらずなど4-5種類の鮭が売られていた。5-6千から数万円まで。買うべきかどうかで大いに悩む。(結局買わず)。

 さて,14時に秋葉原。今やフィギャアとアニメの御殿と化している秋葉原ラジオ会館を調査(私は調査助手!)。なんともまあすごい世界だ。ボークスなるメーカーのフィギャアには私ですらドキリとさせられた。10数万円で売られていた一体については,買おうかという気持ちにすらなった(100万を超えるもの,どれほどドキリとさせられても,買おうとは思わない)。

 前日の話しを思い出す。母性ホルモンと呼ばれるオキシトシン。「母」行動をつかさどる鍵となるホルモンだ。どんなに頑張っても「父」は「母」になれない,その根拠と見なされている。ところが最近の研究では,男にもバンバンとでているとのこと。母性ホルモンというよりも「養育」ホルモンあるいは「愛着」ホルモンと呼ぶ方が適しているようである。実際に母よりも「母」らしい父はいくらでもいる。

 秋葉原ラジオ会館のお客さんの90%以上は男子であり,その80%程度は10歳代後半から20歳代前半というところ。表情はおだやかで,言葉使いもていねいだ。対人関係においても「優しい」という印象がつよい。これは,もしかすると,オキシトシンがたっぷりと出ている為なのかもしれない。フィギャア愛好家は「子」(仮想的な子)に愛着(attachment)を示し,養育(care)することに「喜び」(快: plesure)を感じている。まさにオキシトシンにコントロールされた行動ではないだろうか。

 これは実におもしろい仮説だと思う。血液を採取さえさせてもらえれば,オキシトシンの測定は難しくないはずだ。「草食性」男子の生物的特徴を内分泌から見ていくと,彼らの方がよほど,「肉食性」女子よりも養育行動に適している,ということが判明するかもしれない。

 ホテルをでて朝市へむかう。世紀豆漿大王という豆乳屋さんで朝食。プレーンの豆乳に油條をあわせる。なんとかぐわしい豆乳の匂い。できたてのさくさくとした油條の食感。またそれを豆乳に浸して食べると一口ごとに食感が変化していく。なんともぜいたくな朝のひととき。豆乳2杯に油條1皿で,50元(170円)ほど。本当に申し訳なくなるような値段だ。ホテルに戻り,一息ついてからミールクーポンを使いにコーヒーショップに入る。なんとここも昨日同様にブッフェスタイル。さすがに食べる量はぐっと減らす。

 さて本日は台北の原宿と渋谷が一つになったような町,西門へ向かう。昼前であった為か多くの店はシャッターを下ろしたまま。仕方なくブラブラとうろつき,「便所」という名前のレストランに入る。英語名はModern Toiletだ。椅子はお座りタイプの便器。カレーを注文すれば小型の便器に入れてもってくる。飲み物は尿瓶(しびん)だ。ウンチのイミテーションまでついてくる。
 海外ニュースか何かで見ていたのだが改めて実物に接するとやはり驚かされる。店内はきわめて洗練されたデザインで統一されており,もちろんウンチの臭いはしない。すでに3-4件のチェーン店をもっているようだ。

 台北と言えば小籠包といわれるほどに,小籠包の名店として知られるのが鼎泰豊(ディンタイフォン)。かつて,ニューヨークタイムズ紙で,世界10大レストランの一つとして 紹介されたとのこと。うわさ通りに,14時の段階でとんでもない行列ができている。もともと並んで食べるほどのものではない。東門市場周辺をうろつき,再び店の前に戻るとずいぶんと列が短くなっている。予約をすれば3番目ということ。15時過ぎに入店。
 おきまりの小籠包,カニ卵入り小籠包,青菜炒め,キュウリの漬け物,おかず一皿とビールを頼む(990元=3330円)。若干のMSG(化学調味料)は感じるのだが,結構な金額をとるだけのことはある。実に洗練された料理だ。

 夕方には漢方と乾物の問屋がならぶ地区へ移動。そこからブラブラ歩きながらホテルへ戻る。

 夜,龍山寺へ向かい,そこに広がる夜市へ向かう。再び屋台に入り,炒麺と炒飯さらに岩牡蠣入りの玉子焼きを注文(200元ほど)。これで3夜続けての屋台メシだ。なんともなじむ。改めて「外食は悪?」について考える。ここ台北においても,タイのバンコック,韓国のソウルにしても,さらに想像するに数多くの東アジア諸都市においても,学食なんて当たり前なのだ。むしろ標準形(スタンダード)というべきだろう。でなければこんなに屋台がにぎわうはずがない。いうならば,家庭の台所エリアが外部に張り出して,多くの家庭で共有されているようなものだ。効率的であり経済的である。

 夜市のメインストリートを一筋外れたところへ向かうと,あやしげな一角が現れる。少し離れた位置から眺めていると,3人組の日本人たちがしっかりと「つかまり」,あやしげなネオンのつく店舗に連れて行かれていく。あぁーあ。。。

 朝食はホテルのブッフェ。チーズオムレツを作ってもらい,ごくわずかづつをお皿に盛るのだが,3枚になってしまった。さらに2枚をプラスしてようやく全容を把握。お気に入りを追加する元気はさすがにない。朝に飲んだ薬草酒で少々酔っぱらっていただけに,苦しい朝食となった。

 本日は,「非情城市」の舞台となり,「千と千尋の神隠し」のアイディアが生まれたとも言われる九份(チョウフン)へ行く。テーマは「食とアニメ」。

 *日本語読みでは「きゅうふん」,中国語読みでは「ジャウフェン」「チョウフン」といった感じになるらしい。ちなみに中心となる基山街は日本語読みで「きざんがい」だが,中国語読みでは「ジーシャンジエ」といった感じ。固有名詞(特に地名と人名)は現地の言葉で覚えないと身動きがつかない。

 切符を買うと何やら奇妙な文字が表示されている。「七堵」,「以後無座」とある。何なんだろうと首をかしげる。目的駅(「瑞芳」)到着の15分前あたりで一人の高齢の女性がわれわれに切符を示した。この座席は自分の席であると言われる(もちろん言葉は理解できていないが。。。)。駅に目をやると七堵駅。つまり,七堵駅までは座席はあるが,そこから先は先約があるので座席はありませんよ,という意味であったのだ。
 考えてみれば実に合理的なシステムだ。この方式だと,日本の新幹線などでありがちな自由席はギュウギュウ,指定席はガラガラという奇妙なことはおこらない。実に公平,効率的,賢明なシステムだ。

 瑞芳駅ではカメラやビデオを手にした人があふれかえっていた。一大観光地なのだ。九份まではバスで15分ほど。満員の状態でくねくねの山道を登っていく。山道は車だらけ,到着地は人だらけ。台北の一大観光地に来てしまったようだ。

 付近には金鉱跡が幾つも残る。狭く,長い,商店街がぽっかりと口をあけて待っており,バスから降り立った観光客の群れがそこへ吸い込まれていく。われわれも然り。はるばる日本から来た観光客そのものなのだ。食堂,土産物屋,菓子屋がひしめく商店街に潜入する。

 数時間を経て,なんとか帰路のバスに乗り込み,瑞芳駅前へ戻る。駅の反対側にまわり,また再びの牛肉麺屋台へ。すでに15時を回っており,店じまい直前の最後の客というところ。麺とビーフンをひとつづつ,ベースのスープはレバーの切り身がこれでもかというほどに入っている。そのスープに麺を落としながら食べる。日本風に言えば,あたたかいつけ麺だ。おかずは牛肉煮込みを二皿,肉かけ飯(魯肉飯: ルーローハン)を一杯。これで220元,700円ほどだ。安い。。。日本の1/3という印象。それでいて,うまい(少なくとも40-50歳代の日本人男子にとっては)。

 台北駅周辺の「アニメ」ショップ 「魂(たま)いれ」人形店などを視察,資料収集をおこなう(なんと勤勉なのだろう)。しかし,どうもひっかかる。これらの店舗の入っているビルの中は日式レストランだらけなのだ。MUJIやDaisoまでもが入っている。隣は三越。見方を変えると,日本センターという印象。台北駅の道路を挟んだ正面という好立地。そこが「日本文化」の殿堂となっているようだ。

 いったんホテルに戻り,荷物を下ろしてから,夜市へ。今夜は台北一大名所(観光地)となっている士林余市へ向かう。膨大な人の波。渋谷か新宿かという印象。駅前からは数筋もの夜市が伸びているのだが,メインは駅正面のテント小屋のような一角。何十もの屋台が食事を提供している。缶ビール2本,牛肉麺,エビチャーハン,春巻きを注文。400元近くだったと思う。1300-1400円というところか。。。残念ながら,味も調理もかなりひどい。特にチャーハンなどはタマネギの化学調味料炒めといった印象。塩も油も使いすぎている。やはり,観光地なのだろう(ひどいものを出しても相手は一見の海外からのお客さま)。地元の人が入る店をしっかりと探すべきであった。
 地元の人と言えば,ある店舗の前に長い行列ができていた。ここは巨大フライドチキンを安価(50元,170円ほど)で提供していることで有名。店頭でみていると,30cmx15cmほどもありそうな一枚物の(ということはモモ肉?)チキンをフライにしてだしている。大変なお値打ち品ということなのかもしれない。

 帰路,さらに別の夜市へ向かう。そのままホテルへ戻るが道に迷ったらしい。同僚の先生がコンパスで北方向を確認し,さらに地図を表示させ(IPHOMEだ),帰路修正。

 かくして第2日目(調査初日)は無事終了。

 


「死去何所知 稱心固爲好」(陶淵明)

 昨年に続き,再び台湾に来てしまった。今回はほとんど飛行機に乗らない同僚の先生と一緒。早くも珍道中の気配あり。広島空港では機内持ち込みの手荷物が所定の大きさをオーバーしているということで搭乗手続を拒否され,大慌てでバッグを預けにいかれた。機内に入る前にはチケットのバーコードを所定の位置にかざすということがわからず,右往左往されていた。離陸前にアイポットを触っていると電源を切るようにと言われ,電源オフをしっかりとチェックされていた。飛行機に乗ると言うことは大変なことなのだ!

 羽田から成田まではリムジンバスで1時間ほど。その料金が3000円もする。成田では航空会社のラウンジを利用できたので,ビールを飲み,山菜そばを食べ,ワインを飲み,さらに水割りを飲む。「タダ」という誘惑はおおきい。

 4時間のフライトを経て台北入り。ここから再びバスにのる。事故やら渋滞などにより,1時間のところが2時間近くかかる。かなりぐったり。とはいえバス代は日本円で400-500円ほど。

 ようやくホテルに入り,一息ついてから食事に出る。夜市の屋台で,青菜炒め,太麺ビーフン炒め,チャーハン,魚団子スープ,テールと冬瓜のスープを注文。すべてで800円ほど。相方の先生はさかんに丸玉食堂(神戸元町にある台湾料理屋)の味だ,と感激される。確かに,きわめて素朴,あっさりとしており,実に食べやすい。

 ブラブラ町中を歩き続ける。コンビニが多い。路上販売が多い。30分ほどの間で,数件の「大衆マッサージ店」ともいえる店の前を通り過ぎる。大衆理容店と同じ感じで,ずらりと椅子がならびマッサージをしている。しかし確実に理容店よりも店舗は多い。日本では見たこともない光景。

 牛肉麺を看板とする店がおおい。店舗形態は専門店やら屋台までいろいろとある。基本形は半生麺(もっさりとした弾力にとぼしい,うどん風の麺。沖縄のソーキそばのイメージに近い)を注文毎に丁寧にゆでる。そこに牛肉・牛骨ベースの醤油スープを注ぎ,牛肉バラ肉の煮込みをトッピングする。やすいところで50元からあるが70-90元まで幅がある(空港などは180元とか220元などとんでもない値段をつけている)。

 

 前首相の時もそうであったし,その前の首相の時も,その前の前の首相の時もそうであった。彼らがテレビに登場する度に,その言葉,表情の一つ一つが不愉快で,すぐにチャンネルを変えていた。軽薄,無教養,粗野,論理のすり替え,荒っぽく無責任なごまかし(人生いろいろ!)など,おおよそ信じがたい言動に耐えれなかった為だ。

 今年9月に新しい首相が就任した。また再び「いやな」気持ちになり始めている。彼は実に奇妙な言葉を連発する。「国民の思いは。。。」など,「思い」という言葉を頻繁に口にする。実に不愉快。国民の「思い」が一つのはずがない。もし「一つ」というのならば大変なことになる。「思い」という言い回しは,中身のない逃げ口上にすぎない。もし本気で使っているとしたら,それこととんでもない「思い」あがりだ。政治家が口にしてはいけない言葉の代表格ともいえるものだろう。

 一部の(自称)心理学の先生方も,「思い」という言葉を「思い」入れたっぷりに多用される。悲しんでいる人,苦しんでいる人の「思い」がわからずに,何が心理学者だと批判の矛先がこちらに向かってくることもある。誰だって他者の内面などわからない(本人だって分からないことが多い)。他者の内面についてどこまで想像できるか,イメージできるかという問題にすぎないだろう。それが「共感」というものであり,言葉の正確な意味での「同情」だろう。

 「思い」という言葉を気軽につかうものでない。底の浅い,自己陶酔者の「思い」あがりであったり,オブラートで包まれた集団主義の再来であったりする。他者の「思い」などわかるものではない。誰かがこの言葉を使うのを聞くと虫酸(むしず)がはしる。

 

 

 学会で再びの東京。懇親会はskipして清澄白河の宿へ。森下あたりまで歩くが,一人でのんびりできそうな店が見あたらない。どじょうのいせき,馬肉のみの屋,深川鍋の店と気になる店はあるのだが,一人ではどうも入りにくい。
 清澄白河駅の周辺は清澄庭園,深川江戸資料館,現代美術館などおもしろいところが多い。あまり観光客もこないので東京見物にはおすすめのスポットだ。地下鉄にのれば人形町も近いし,築地市場にも近い。

 さて,翌朝は久しぶりの築地市場。ところが久しぶりの為か,とんでもないミスを犯した。日曜は休場なのだ。築地市場駅でそのことに気づき,降りるべきかどうかで迷う。場外で営業している店はある。場内はもちろん休み。結局は降車せずに大門へ移動。
 大門では増上寺境内へ。ここは芝公園の中心的位置にあり,二つのプリンス系ホテルが両サイドにそびえている。その中央に東京タワーがある。つまり,増上寺本殿の背後に東京タワーがすくっとそびえたっている。なんとも奇妙で,それでいて不思議とおちつく光景だ。晴天でもあり写真をとる。
 ぶらぶらと浜松町駅へ向かって歩いていると,途中にWendy'sを発見。本年12/31をもって日本から全面撤退するWendy'sである。記念の為に入店。記念の為に,Wendy's チーズバーガーとスパイシーチリソースがトッピングされたポテト,コーラのセットを注文sる。なんと750円もとられた。「パテがおいしい」という評価が定着しているらしいが,なんてことのない味。fast foodマニアには貴重な店なのかもしれないが。。。

 もう12月20日。この一年もあっという間に過ぎた。しかし,明後日に授業が一コマ残っておりその翌日からは台湾出張さらに東京での研究会がつづく。なんとも慌ただしい年末だ。

 年が明けると多少はのんびりできるかと思ってはいるが,大学教員としての大仕事でもある入試や成績評価などが控えている。講演も数件,報告書の締め切りもある。なんとも落ち着きのない生活が続く。

 久しぶりの浅草。並木藪で焼き海苔とそば味噌で一杯やり,鴨南蛮を食べる。ブラブラしながら神谷バーに行くも,週末ということもあるのだろう,異様な混み具合。今や浅草といえば,真っ先に紹介される場所であるだけに,多くの人が集まってくる。ヨシカミをめざすが行き着かない。あのあたりは小路が錯綜しており,ほろ酔い気分で歩いていると場所がわからなくなる。
 翌朝,ツクバ・エキスプレス浅草駅近くにあるマクドナルドで朝マック。道路に面したテーブルに陣取り,ぼんやりと行き交う人を眺めながら,脂っこいポテトをコーヒーで流し込む。となりのテーブルにはホームレス以外の何者でもないおばあさんが,うつろな目をして座っている。テーブルの上にはハンバーガーの包装紙などが残っており,お客さんであったのだろう。私が食べている時も,食後しばらくボンヤリとしていた時も,席を立ってトレイを片付けに行ったときも,視線の定まらないまま座っていた。山谷が近く,場外馬券場もある。昨夜も路上で寝転ぶ人をよけながら歩いた通りもあった。ホームレスは多い。浅草のマクドナルドは,行き場のない独り者の若者が時間を過ごすだけの場所ではないといえる。

 さて,浅草駅から40分足らずで筑波に到着。1100円は少々高い。食品総合研究所で研究仲間からあれこれと教えてもらう。

 お昼は雰囲気のある蕎麦屋へ連れて行ってもらったのだが,なんと休み。それでは,ということでワンコイン・タイ料理屋へ行く。そこでは500円でランチタイムメニューが提供されるという。たいして期待もしていなかったのだが,これが大正解。B級エスグルメのヒット店だ(B級エスグルメとは,コストパーフォンマンスが高く,マナーなど神経を使わずに,むしろ下品に食べることが推奨されるような,エスニックな(ethnic)料理のこと)。気に入ってしまい,店内に置かれていた直輸入と思われる商品をあれこれと買ってしまった。たしかSawadee(サワディー)という店だ。

 さて夕方は,川崎から武蔵小杉へ移動。S社(飲料系)の商品開発研究所へ行く。広大なフロアーの1Fでは,何百人もの研究員が仕事をしている。その全体が見渡せる作りになっており,実に壮観。2Fはデスクワークのフロアーだ。9月に訪問したT社(香料系)にも圧倒されたが,ここもまた日本を代表するメーカーだけのことはある。「甘味」の話し,アジアの話し,「おいしさ」の話しなどをする。

 川崎から京急に乗り換え,羽田へ向かう。この川崎が「巨大都市」化しており,ラッシュ時にためもあったのだろうが,すさまじい人の波。巨大なありの巣に,右に左に,上に下へと無数のありがうごめいているようだ。改めてメガ東京を実感する。しかし,こんなに大勢の人が,こんなに多くのビルに囲まれ,数分ごとに発着する列車に乗り込み,移動を繰り返す。「人間」(という生き物)の適応力,その生態に圧倒される。

 今や日本人の生活に切っても切り離せないコンビニエンスストアー。本家のアメリカではもうずいぶんと早い段階で店舗数の拡大は終わっている。(たぶん)日本だけが異様に増殖し,どこにいってもコンビニという状況になっている。9月に石川,富山,新潟をレンタカーで通り抜けたが,田んぼのつづく郊外も人とビルの密集する町中も,どこへいってもコンビニがある。コンビニしかない。。。
 コンビニに始めて入ったのは,西宮市(兵庫県)のローソンであった。30年ほど昔の話し。商品は少なく,高く,なじめなかった。やがておむすびなどを売り出し,しばらくすると弁当なども売り出した。それでもなじめず,今に至っている。
 作られた(ヘタな)ロボットのような「笑顔」と決まり切った「あいさつ」。まずこれが大嫌いだ。ロボットに徹する従業員(アルバイト)がゆるせない。「媚びを売る」という表現があるが,それに近いものを感じる。

 そうだ!コンビニとは容量の大きな自販機なのだ。自販機と考えればすべてが許せる。あれだけの商品をカバーする自販機を作れば,何億円もかかるだろう。それを数千万でつくり維持させているのだから,経済行為とすれば賢明だ。従業員もその巨大な自販機の裏で機械を操作している技術者と考えればよい。ロボットに「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と言わせるよりも,レジ打ちのついでに言わせる方がよほど安上がりだ。こちらも自販機相手にいちいち表情をつくる必要はない。自販機が「ありがとうございました」と発したところで,うなずく必要もないし,笑顔を返す必要もない。「どういたしまして」など口にすればかえっておかしなことになる。

 発見!コンビニとは容量の大きな自販機だったのだ。

 JR有楽町駅で降りて何を食べようかと考える。銀座へ回る時間はない。かといって駅周辺にこれでもかと乱立する飲食店には食指がうごかない。高架下を東京駅方向へ歩き始める。まだ残っているのだ,戦後の「闇市」が。。。

 「ミルクワンタン」の看板をみつけ,入店。でてくるものは,クリームスープ仕立てのラビオリ(パスタ)なのだが,薄汚い店舗であるだけに,とてもそのようなイメージではない。怪しげな場所で食べる,とても怪しげな食べもの。。。なにしろ,付け合わせに梅干しとたくわんがでてくる。

 一仕事を終え(とてもハードな仕事だった),向かう先は吉祥寺。ここは駅の南北に人と商店街がひしめき合い,広島の八丁堀が10つ集まったような町だ。北公園から左方向へいくと,ハーモニカ横丁という「あやしげ」な一角がある。区画整備の隙間に生き延びた飲み屋街だ(広島で言うと,愛友市場周辺の一角)。
 「みんみん」に入り,餃子とビールそして「アサリチャーハン」を食べる。これは,アサリしか入っていない玉子チャーハンだ(トッピングにグリーンピース数個,付け合わせにはザーサイ)。シンプルこの上ないチャーハンであり,ネギすら使っていない。
それでいてしっかりと味がついている。調理は目の前で行われた(このときはカウンター席に座っていた)。実に丁寧に丁寧に炒めており,久しぶりにチャーハンの偉大さに感激する。

 翌日のお昼は,やはり吉祥寺の老舗カレー屋「くぐつ草」。地下の洞窟のような店内で研究仲間と二人でカレーを食べる。今の基準でいうならば,丁寧に作られ,センスよく盛りつけられた上品なカレーにすぎないのだが,1979年からの営業と言うから,すでに30年の歴史をもつ。30年前に登場し,30年間提供されてきて,今なお十分に通用するカレーと考えていくと立派だと思う。

 食べ物の評価は「時間」だ。いったいどれだけの年数,どれだけの人々によって食べ続けられてきたか,そのことが一番大事だとおもう。今回は期せずして,そのような食べ物が中心となった。ミルクワンタン,アサリチャーハン,くぐつ草カレー,と。

今回のおみやげは,ねんりん屋のバームクーヘン2種類とシャルルマーニュ(Cahrllemagne)のミルクチョコレート。後者はベルギー直輸入ということで羽田空港で特別販売をおこなっていた。