最近,乳幼児の食について考えさせられることが多い。行政の現場では「食がヘン」という印象をもつ人が多いようだ。
ヒトは哺乳動物であり,生得的に有する食性は単食性(乳のみを食物とする)だ。それ故に,生得的反射の多くは摂乳に焦点があてられる。乳児は「乳探し反射」ともいわれる探索反射により乳首を探り当て,口に取り込む。すると舌が動き始める。吸啜(きゅうてつ)反射だ。これは乳首を舌で包み込み,舌の前方から後方に向けて波動様の動きがでてくるというものだ。これで摂乳が可能となる。他にも,下あごを動かし咬む(といっても歯はないが)という咬反射や,口唇を指でさわると口を動かすという口唇反射がある。いずれもが母親の乳首から乳を摂取するという目的にそったものであるといえよう。
かくして人生最初の食は,ほぼ生得的な反射によって成立する。
乳汁は嚥下反射を誘発し,口腔内の乳汁は,口から食道へと流れていく。ここでおもしろいことは,乳児は息をしながらでも嚥下できることだ。これは咽頭部と咽頭の位置が成人の場合と異なるので可能であるということらしい。成人では咽頭が,呼吸と嚥下の共通経路となるために,このような「器用」なまねはできない。
われわれの呼吸器官と胃腸器官は本来別物であったのだ。それがいつのまにか咽頭が両機能をカバーするようになり,息をしながら食事を飲み込むということができなくなった。個体発生は系統発生を繰り返すといわれる。乳児の嚥下については,ヒトひいては動物の進化を考えていく上で大きなヒントを与えてくれる。
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乳には生得的な嗜好があるのだろうか。しかし,そのことを積極的に示す証拠は見あたらない。乳は相当に複雑な香気成分をもつ。また乳母によってその香気成分はかなり異なる(らしい)。乳母がニンニクを食べると乳にニンニクの香気成分がでてくるという研究結果もある。さらに乳は,飲み始め(出始め),途中,飲み終わりという時間経過によってその成分がずいぶんとかわる(らしい)。なまじ乳に生得的な「食物ラベル」を与えてしまうとこのような「変動」に適応しきれなくなるというリスクが生じる。現に粉ミルクを与えても乳児はそれを飲んで育つ。乳そのものには生得的な嗜好がないと考えた方がいいのかもしれない。
甘味には生得的な嗜好を示す証拠がある。乳はその乳糖成分によって,マイルドな甘味を感受させる。乳児はこの甘味に対して「摂取拒否しない」のかもしれない。
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摂乳は遺伝的に組み込まれた反射だけでなく,母子間の「基本的信頼関係」により獲得される行動とみるべきだろう。乳児は猛烈ないきおいで「食べることの学習」を開始する。
エネルギー欠如がもたらす不快感は,摂乳という行為により,軽減される。乳児はそのこと(エネルギー欠如がもたらす「不快感」は摂乳により緩和され,消滅するということ)を学習し,「不快感」を感じたら乳を求めるという行動を学習していく。(Bruchは乳児期におけるこの学習が不完全であると,後年,食障害に陥るリスクが高まると論じている)
やがて,そのような「不快感」は押しピンがおしりに刺さったときのような痛み,不快感とは質の違うものであるということを弁別(学習)し,徐々に「飢餓感」「空腹感」という主観的感情(feeling)を知るようになる。さらに「飢餓感」「空腹感」という不快感を低減してくれるものが「食物」であるということも学習していく。やがてはそれが「マンマ」といった幼児語となり概念化していく。
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乳児の脳細胞は急速かつ劇的に増大し,神経繊維は膨大なシナプスを形成していく。生きていくための基本的な「知恵」を身につける重大な時期でもある。刻印づけに類するような長い生涯にわたって不可逆的な「知恵」を身につけていくものと思われる。食の基本形もこのきっとこのような不可逆的学習によって獲得されていくのだろう。
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生物リズムは生得的なものだ。しかしサーカディアンリズムは現在の24時間の日周リズムに同期させる必要がある。この同期はウルトラディアンリズムの同期とともに進行する。一日というリズム,一日の中のリズムが安定していくと,さらに昼夜リズムを身につけていかないといけない。ここでも乳児は,たっぷりと「学習」しなければならない。環境適応という一語ですむことかもしれないが,当の本人にとっては実に大変な課題であるに違いない。昼夜リズムはくせ者だ。なにしろ,季節によって変動が大きい。緯度によっても変動するのだから。
これらの「学習」に大きな役割を果たすのが睡眠と食行動だろう。ヒトはなぜ食べるのか?日周リズムを身につけるため,というのが答えの一つに違いない。
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乳児期は,食に限らず生涯にわたるさまざまな行動の原型をかたちづくる時期である。そのことを否定する人はいないだろう。常識とすら化している。しかし「食もまたしかり」,否,「食こそがその中心にある」と発言する人はごくごく限られている。
「三つ子の魂百まで」はよくできたことわざだ。食の乳幼児発達をみていると,3歳ではもうかなりの部分ができあがっている。生後15から16ヶ月までが「勝負」だろうか。

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