梅棹忠夫没す

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 昨日(2010,7,6),梅棹忠夫が老衰にて死去というニュースが流れた。まだ大学へ行く前の頃だった。彼の「知的生産の技術」に感銘を受け,何度も読み返したことを思い出す。「情報」という言葉はその時に頭に焼き付いたのだと思う。大学入学に必要な英単語はその「技術」を自分流にアレンジして比較的短期間に身につけたことも懐かしく思い出す。農耕社会→産業(革命後の)社会→(来るべき)情報社会という「史観」もその時に身につけたように思う。「知的」な生活にあこがれる契機となった一冊だ。

 梅棹忠夫からの連想で加藤周一を思い出した(そういえば彼も最近死去した)。最初に読んだものは「羊の歌」(正・続)だった。攻撃的であり叙情的であり打算的でありシニカルであり,なによりも知的であった。自分自身を客観的に,距離をおいて眺め,分析し,評価する。この本も何度も読んだ記憶がある。加藤周一は,実は,カッパブックスから「頭の回転をよくする読書術」(1962)というハウツーものも出している。ところがこの本は,その後刊行された著作集には再録されていない。著者自身が再版,再録を許さなかったのではないかと想像している。記憶では,「頭の回転をよくする読書術」はずいぶんと「本音」が出ていたように思う。記憶頼りなので「記憶の歪み」があるとおもうが,「本を読むとは読んだつもりになること」と要約できそうな内容だった。読書とは読み手の能動的な行為なのだということを(自分なりに)学んだように思う。

 さらに小林秀雄を思い出した。「考えるヒント」はそのわかりやすいタイトルとは真逆に,何度も何度も読み返さなければ「読んだつもり」になれない内容だった。今から思えば散文というよりも散文詩ともいうべき文章だったと思う。

 散文詩といえば田村隆一(彼の場合は大学入学後だったように思う)を思い出す。なにげない独白,日常会話,ため息,一息でしゃべる程度の簡単な言葉なのだが,それががとんでもなく広大なイメージを喚起させる。今もいくつかのフレーズが頭に浮かんでくる。

 今回のニュースで,思いもかけず,「心理学以前」の自分を思い出した。上で取り上げた人々はみないなくなってしまった。梅棹忠夫90歳,加藤周一89歳,小林秀雄81歳,田村隆一75歳と結構みな長生きをしている。。。。と思って調べてみると,平成20年の男の平均寿命は79.29歳,女は86.05歳だ。死亡者数でみると,男子の死亡者数は加齢にともない増加していくがそのピークは86歳。「寿命中位値」というものもその手前あたりだ。85−86歳まで生きてようやく人生を全うしたといえるのかもしれない(なんとも先は長い。。。)。

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