最近おもしろい話しを耳にした。
江戸時代以前,男児は12-16才で元服(成人式),女児は13-15才で嫁入りしたという(ウィキペディア等参照)。武家などではこのタイトなスケジュールにあわせる為に,学問,武術,習い事,しつけなどを急ぐ必要があった。商家,職人の世界では奉公が一般的であった。20才で成人を祝うという習慣はなかったようだ。(20才=成人という基準はどこからきたのだろうか?)
なぜこれほどまで「大人」になることを急いだのだろうか。その答えは当時の平均寿命にあるという。江戸時代の2才児の平均寿命は40才ほどであった*。隠居は40才代後半から始まる。つまり現代とは10年以上も「退職」が早いのだ。一定の勤労者層を確保する為に「就労」も早める必要があるというのが答えである。
私の父は役所を55才で定年退職した。その後役所も一般企業も60才退職が一般的となった。「隠居」(年金支給)が可能となる年齢も65才となり,それも徐々に年齢アップして行きつつある。60才退職後も職を求める人はいくらでもいる。
就労年齢の終わりが高齢化すればするほど,就労開始年齢もあがっていく。それが「大人になれない若者たち」が増加している背景にあるのだ,という説。10代後半の若者の可処分所得が一番大きいという統計(のマジック?)などと照らし合わせると,肯けないこともない。「生涯」の時間はだらだらと伸び続けている(特に日本では)。それ故に,急いで「大人」にならなくてもいいよ,という仕組みができあがりつつあるのかもしれない。
*「立川昭二の「江戸 病草紙」が文庫本(ちくま学芸文庫、1998)で出たので、その最後にある江戸時代の寿命の話を紹介する。速水融は信州諏訪地方の宗門改めの人別帳をもとに、2才児の平均余命を求めている。それによると、寛文11(1671)年から享保10(1725)年のそれは男36.8才、女29.0才、享保11(1726)年から安永4(1775)年になると、男42.7才、女44.0才である。」(百万遍ネット参照:
http://www.taishitsu.or.jp/aging/aging6.html)。40才の人の平均「余命」を現代と比較した研究もありそうだが,発見できていない。40才まで生きればその後は意外と長生きしていたような気もする。Webを見ていると「成人した者の平均死亡年齢は男61歳,女60歳だったという」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080610/307226/)といった記述もある。私の家に残っている過去帳を見ても,江戸時代,80才まで生きたご先祖さまは結構いたことに驚かされる。もちろん隠居の身であるが。
