食雑記の最近のブログ記事

とうとうというか,やはり,というかメキシコ発の豚インフル発生が大ニュースとなりました。BSE(牛),鳥インフルエンザにつづき,豚まで。。。

豚は病気に弱い家畜といわれています。調べてみると,マイコブラズマ性肺炎,萎縮性鼻炎,豚赤痢,オーエスキー病,トキソブラズマ病あたりがよく知られており,飼育にあたっては抗生物質の投与が一般的。さらに,豚コレラウイルス,ニューカッスル病ウイルス,腸管に潜むサルモネラ菌などもあります。

今回は人へ感染し,重篤な健康被害をもたらせる新型ウィルスということで大騒ぎとなりました。

食の安全に関心をもつ専門家の間では,予想されたことでした。次は「豚」だと。まるで昨年の(今も引き続く)全世界に波及した金融危機と同様に,「悪い予感」があたったというところでしょう。対処法については十分に準備されていたので,行政は日本でもテキパキと動いています。

問題は「原因治療」です。それでなくても病気に弱い豚を,大急ぎで,なんとか太らせ,機械的にとさつ解体し,食肉として出荷するというシステムに原因がある。ウイルスのレベルの問題ではなく,大量生産するというシステム上の問題が大きい(はずな)のですが,そこにはなかなか立ち入れない。

「それでなくとも病原菌ウジャウジャというのが豚肉です。皆さんは,これまでも,しっかりと火をいれて食べてきたはずです。生で食べるということをしないかぎり,豚肉から感染するということはありえません」が,一般的な説明だろう。その通りだと思う。

 ただ,どの程度タフなウィルスなのかがわからない。解体された生肉に付着し,その生肉(あるいはパック材)を経由して人に感染する可能性はないのだろうか?

 卵のサルモネラ菌は,卵の殻や卵を入れるケースからの感染が多いという話しをきいたことがある(栄養学の先生から)。鳥インフルエンザも羽毛が感染媒体になるという。今回の豚インフルエンザはH1N1型らしいが,感染経路,ウィルスのタフさについては確定した話しはでていない。

 肉そのものは焼けば(熱すれば)大丈夫。そこに嘘はない。しかし,豚肉の運搬,調理のプロセスにおける感染の可能性は「否定」できるのだろうか?もし「否定」できないなら,嘘になる。

 どだい食の安全など「証明」できない。帰無仮説は「証明」できないのだから。それ故に「安全だ」「安全だ」といえばいうほど,「不信」がつのる。食物(特に豚肉)はもともと「危険」なものであり,だから正直に,「新たな危険が加わる可能性は(今のところ)かぎりなくゼロです(あるいは不明です)」と言えばいいのだ。かつて,感染経路の不明な段階で,カイワレをほおばった大臣がおり,今も豚肉をほおばる大臣がいる。政治家はどうも「凡人の知恵(Lay person's Wisdom)を甘く見ている。

 食の安全を主張すればするほど食の不安は大きくなる,という実に簡単な話。このことがよくわかっていない。

「これは今日,メキシコで解体してきたばかりの新鮮な豚肉です。おいしいですよ,これから豚テキにしますから一緒に食べましょう!」と言われるとどうしますか?

九州麺の旅

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 広島から博多まで300Kmを少し超える走行距離だろうか。1000円の高速料金ですむのだからたいしたものだ。(とはいっても福岡の都市高速は600円をとらえる)。燃費を10Km/10円とすれば,合計で経費は4600円。ふたりなら一人あたり2300円となる。やはり安い。

 以前より気になっていた早良区西新の「しばらく」へ行く。小ぶりの丼に,上品な博多系豚骨ラーメンがでてくる。久留米の野性的ともいえる豚骨ラーメンと比べるとなんと上品なんだろう。壁一面に替え玉の記録が張られていたが,確かに「食事」とするためには2,3玉の替え玉はしたくなるだろう。学生(西南学院など)の多い下町のためか,少々塩味がつよい。600円。

 天神から渡辺通へ移動。まずは柳橋連合市場幸村英商店で明太子を購入。これは定番となっている博多土産。今回は少々買いすぎたかもしれない。

 地元では人気だという 中央区渡辺通の「博多だるま」に入る。いかにも。。。の店構えと,店内には「化学調味料無添加」の張り紙。それでいて,「化学調味料」的うま味はしっかりと前面にでている。たいしたものだ。650円(だったか)。

 博多ラーメンの系譜をたどる,天神大丸前の「 赤のれん・節ちゃんラーメン」,博多進出を果たした,西鉄福岡駅近くの「大砲ラーメン」天神今泉店(春吉橋たもとの「大砲ラーメン」ではない),飲み屋街にある「ハッちゃんラーメン」も候補に挙げていたのだが,すでにお腹はパンパン。

 一路,長崎へ(再び1000円での高速道路での移動)。

 さすがに観光客が多い。宿泊したホテルの正面には,かの有名はチャンポンビル「四海耬」がそびえたつ。長崎へ来た観光客の半数はこのビルでチャンポンを食べているのではないだろうか。

 ホテルで,ビールとソルティードッグを飲み,ほろよい気分で新地中華街へ。長崎では二番目に有名な「江山楼本店」へ。こちらとて,本店に新館,持ち帰り専門店など発展著しい。待ち時間20-30分を告げられ,唐人街をぶらつき,時間をつぶす。ようやく入店。

 チャンポン,皿うどんともに,並,上,特上の3レベルが用意されている。「観光客」であるわれわれはどうしても「特上」を選んでしまう。臨席のカップルは「並」。それとなく比較すると,「特上」はフカヒレの破片(?)やら肉団子などが若干余分に載っている程度でほとんど変わらない。事前に聞いてはいたのだが,それでもつい「特上」を注文してしまうのが「お上りさん」の弱みということだろう。値段は倍近く高くなる。

 「東坡肉」にしても同。つい注文してしまう。改めてビールも飲んだためか,お腹ははち切れんばかり。早々に店をでて,思案橋まで歩き,これからどうするかと一応「思案」はしたものの,結局,ぶらぶらとホテルまで歩いて帰ることとする。

 どこへ行くにもPCを持参するのがいけないのだろう。インターネットに接続し,北海道と東京にいる知人と交信。短い原稿二つを仕上げる。帰路,買い求めたチューハイ2缶を空けてしまう。明日は島原を回る。
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 今回の「私的な」目的の一つは,島原半島における「宗教戦争」の地を巡ること。本日は,島原城と原城跡さらに原城文化センターを回る(原城跡の海岸沿いに温泉施設ができており,ついついその温泉にも入ってしまった)。ザピエルが布教を始めてから100年ほどの期間に,日本の,九州の,天草・島原という地域に起こったさまざまな出来事,宗教という問題,その役割(と同時に「利用」のされやすさ)について頭を巡らせる。(雲仙地獄を回るだけの気力はなかった)。

 夜は,思案橋横丁の「康楽(かんろ)」へ。エビチリ,カシューナッツ炒め,酢豚,チャーハン,チャンポンと,定食もどきのメニュー。再びパンパンにふくれあがったお腹をかかえ,宿に戻る。

 長崎は帆船祭りでにぎわっている。港には何隻もの帆船が集まり,乗船見学のサービスもしている。明日が最終日で全船とも出港らしい。最後の夜ということなのだろう,花火が打ち上げられている(帆船にも花火にも興味がなく,その音を聞くのみ。。。)。
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 本日は仕事日。服装を整え,靴も替える。朝食をとろうと町に出るが,喫茶店らしきものがみあたらない。やや意地になり1時間近くさまようが,見つからない。長崎は喫茶店のない町なのかもしれない。しかたなく,全国チェーン店のCAFEE (べ)LOCEで170円のコーヒーを飲む。苦味がつよく香りがない。とんでもなく安いのだが,その分,とんでもなく不味い。まるで出がらしの豆をもう一度焙煎し直して抽出したようなコーヒー。

 D(トール)に入り直し,ホットドッグ(ジャーマンドッグ)とエスプレッソを注文。まだまだマシ,コーヒーの香りがする。ホットドッグは以前は(たぶん10年以上も昔)もっと噛みごたえがあったように思うが,ふわふわしている。ソーセージの方は,200円でこれなら立派。Mドナルドもホットドッグを出し始めたようだが,さすがに続けて挑戦する元気はなし。

 店を開け始めた蒲鉾屋さんで,チャンポンに入れる「はんぺん」などを購入。製麺所の店頭でチャンポン麺を購入。昨日は学生用のカステラも購入したので,土産はこれでほぼ完了。さぁ,仕事だ!

 (長崎県立大学にて仕事)

 お仕事終了。夕方,「江山楼新館」にて最後のチャンポン。今回は並を注文。予想通り,具・野菜の違いのみ。とはいえ,一度「特上」を食べているだけに,貧相な印象は避けられない。スープも麺も同じなのだが。。。


 

 

 昨年一年間,月一回ほどのペースで新聞の特集記事に短いコメントを書いていた。日本の食の変化を追いかけるという特集記事。限られた期間(日数)で,限られた文字数で,編集担当の方(ということは読者)を納得させ,当然のことながら自分自身も納得できるコメントを書くという経験は,それなりにおもしろいものであった。

 本体である特集記事の内容はしっかりとしており,いい企画だったなぁと振り返っていた。

 それが,なんと,とある出版社から出版されるとのニュース。
 新聞記事(さらにそのコメントとなると。。。)のほとんどは消えていく。雑誌同様の,読み捨ての世界だ。これが「残る」となるとうれしい。6月には書店に並ぶらしい。

 (きっと)いい本です。その時は宣伝をします。

 ちなみに「心理学検定・キーワード集(仮題)」もその頃にでる予定。すでに校正に入っているが,私の担当箇所については,そこそこのデキかと思っている(60点は欲しいな)。全体のことはまだわからないが,しっかりとしたものになっている気配がする(編集担当の人の様子から推察)。これも,いい本になるかもしれない。

 ということで6月になれば,わたしが(部分的に)からんだ新書と心理学テキストが出る予定です。どうぞお楽しみに。

 *4/21: 読み直していると誤解されそうだったので,本文を一部修正。出版される本体部分は特集記事であり,コメントはそれにつけ加わる一部分。しかもコメント執筆者は複数いるのだから,「あれ,こんなところに名前が出ている」という程度になるはず。

 出張先の大阪では朝食に吉野家に入った。納豆定食に牛皿並。納豆も生卵も牛皿も丼飯にぶっかけて,かき込む。朝の時間帯がちょうど終わりになった10時頃のためか,客が一人もいない。従業員も一人,奥でなにやら作業をしている。適度な空腹を感じながら,人目を気にせず,ぶっかけ飯をかき込む快楽。

 原初的,動物的,非「人間」的な行為に集中できることの快楽といえばおおげさか。

 その日の夕方には,神戸(の奥の方)で昭和29年創業というカウンターだけの餃子屋にはいった。夫婦二人で営業しており,二人ともすでに70才前後という印象。ビールを飲みながら焼き上がるのを待っていた。

 一人は,メリケン粉の固まりをローラーで引き延ばし,空き缶のようなものを使用し丸く切り取っていく。一人はそれに豚肉を主とした具をつめていく。味付けはほとんどしていない。

 カウンターには醤油,ラー油,酢以外に,神戸ではおなじみの味噌がおかれている。赤萬は肉味噌だがここはシンプルな合わせ味噌。(そういえば,震災前まで営業していた三宮の赤萬には頻繁に通っていた。なつかしい)。

 醤油すくなめ,ラー油,酢は多め,それに味噌をそえて,食べ始める。最後に,口直し用に残しておいたビールを一口流し込み,終了。

 ぶっかけ飯から少々格上の食事をしたような気がする。

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 広島にいる時はお昼にM亀製麺といううどん屋へ行くことがおおくなった。釜揚げうどんのセルフを「武器」に,宮島店,五日市店とも昼時には大変な行列である。

 あれこれ食べてみたが,釜揚げ大,サツマイモの天ぷら,いなり寿司が定番になりつつある。ネギとショウガが取り放題であるのがうれしい。釜揚げうどんを即時に出せるようにしているためか,少々堅めの時と相当に柔らかめの時があるが,こればかりは仕方がない。注文を聞いてからゆで始めれば20分は待たされるだろうし,向こうもこれでは商売にならない。

 これまた一心不乱にかき込む快楽。

 「よく噛んでたべましょう」という「教育」はどうかと思う。噛めば噛むほど喉の通りはわるくなる(嚥下によりもたらされる体制感覚が変化する)。噛めば噛むほど,デンプンは唾液(アミラーゼ)と混ざり,味が変質していく(みな同じ味になる)。

 口腔は外部から身体への侵入者を防衛する最終基地である。快感がここを一挙に突破することを指示している。いうならば,

 食とは,自己(精神: soul)が,自己(身体: body)に進入する行為だ。ぶっかけ飯の快楽は,その暴力的な進入,攻撃行為を支えている。

 
 
 

 2009年,広島の元旦は晴れ渡っている。謹賀新年。

 12年ぶりの丑(うし)年。この12年は牛さんにとっては受難の時期であった。1994年にイギリスで最初のクロイツフェルト・ヤコブ病症例が報告され,2001年には日本で,2003年にはアメリカでBSE感染牛が発生した。日本では全頭検査が定着し,国産牛のBSE感染リスクはほぼゼロになったといえるだろう。

 スーパーなどの牛肉売り場にいくと,「国産牛」「和牛(黒毛和種)」「オーストラリア産」の3種をみることが多い。売れ行きをみていると「国産牛」が多いように思う。はたして「国産牛」とはどのような牛をいうのだろうか。

 ホルスタイン種に代表される乳牛。どうしていつも乳を出し続けているのかが不思議だった。答えは簡単明瞭。自分が出産した子牛に与える(はずの)乳を出しているのだ。乳牛はほとんどの期間妊娠をしつづけ,子を産み続けているとのこと。出産された子牛は,分娩ゼロ日に母牛から分離される。さらに雌ならば大切に育て将来の乳牛にし,雄ならば(肉が固くならない為に)去勢をしてしばらく育てることになる。

 「国産牛」とは,乳をださなくなった(すなわち妊娠しなくなった)乳牛と,乳牛から雄として生まれた仔牛の肉のことである。

 牛は本来草食性で,哺乳動物でもある。子牛は乳で育ちやがて野の草を食べてそだつ。日本(やアメリカ)では穀物を与える。牛のすごいところは穀物でも育つということだ。さらにすごいことは,肉を与えても育つ。BSE感染源として使用の禁じられた肉骨粉は同じ牛を含む廃畜産物を煮炊きして作られていた。

 このようにみていくと,牛という動物の存在が実に「不憫」に思えてくる。本来は子牛が飲むべき乳を人が「横取り」し,子牛は親の乳を飲むことなく穀物や肉骨粉で育てられてきた。さらに老いた乳牛と雄に生まれた仔牛は「国産牛」として処理される。

 われわれは牛乳を飲み(あるいは乳製品で作られたケーキなどを食べ),肉はステーキやすき焼きなどで楽しむ。牛が憎いわけでもなく,むしろ子牛などを見るとかわいいとさえ感じる。食とはなんとも「残酷」な行為である。

 生物としての牛と食材としての肉は,物理的には連続しているが心理的には異なる。英語ではわかりやすい。前者はcattle, cow, bull, oxであり,後者はbeef, vealなどと呼ぶ。beef steakという表現はあってもcow steak, ox steakという表現はない(と確信する)。牛が牛肉にスイッチするのはどの時点なのだろうか。そこにはどのような心理作用が働いているのだろうか。卒論ででも「牛と牛肉に関する心理学的研究」みたいなものを誰かしないだろうか。

41. ウンチ やはりというか,当然というか,「食と健康」の枠組みのなかではウンチ教育もすすめられているようだ。ウンチと言えばまず腸内細菌。その代謝ははやい。その結果,実はウンチの成分には腸内細菌の「死骸」が大量に含まれている。ウンチの量は腸内細菌の「生存状況」も映し出す。さらに,ウンチは乾燥させると燃える。つまりしっかりとカロリーが残っている。余分に摂取した水分が排出されるように,食物も,カロリーのすべてを搾り取るようなことはされていない。いいウンチ。それが健康的なダイエットの基本。

42. 「手抜き」料理 昨年,小さな子をもつ主婦の心理を,膨大な調査資料にもとづき分析した。多くの母は,子に敬語を使うほど気を使っている。子が,おいしく食べてくれないと,ショックを受ける人もめずらしくない。子が食べてくれること,それもおいしく食べてくれることが大きなプレッシャーとなっている。これは「おいしさ」の正体を誤解しているためだが,食卓作りが苦痛であることには変わりない。手抜き,ずぼらでOK。むしろその方が「おいしい」ものができるよ,という話しはまさに正論。とはいえ,これも日本文化が,乾物(昆布,鰹,野菜)の食文化をもっているからこそ可能であるはなし。米だって,実に保存性に優れた穀物であり,ほとんど加工せずに粒食可能である「インスタント食品」であるのだし。

43. タコ(ライス) 沖縄は2回目か(奄美)。健康おきなわ21,健康おきなわ2010は,現在注目される運動の一つ。たぶん米軍基地の問題だけではない。東アジア諸都市は,総じて,食のグローバル化と食のローカリズムの対立,衝突そして融合の嵐の中にある。軍事的政治的には衝突がおこっても文化は融合されていく。沖縄は2者の衝突にプラスして,食の本土化(ヤマトンチュウ化?)のパワーも受けている。沖縄の若者は,東京へ,大阪へ,九州へ向かう。漫画「クッキングパパ」のマコトは博多から沖縄に向かったが,作者はこれからどのような展開をさせていくのか,興味深い。

44. 子どもの食卓(弁当の日) 小学生はまだ元気だとおもう。中学,高校さらに大学生になるにしたがい「ずるさ」を覚え,さまざまな問題に対する自分なりの対処方法を身につける。またそうしないことには「不幸」がお訪れることも事実だ。食についても,子自身が解決を図っていくかもしれない。大人はその機会を提供するだけでいい。やがて子に教えられるようになっていくのかもしれない。
19. 駅弁 江戸時代からつづくお礼参りなどの「旅」が今も続く「観光旅行」の原点。参勤交代といった政治制度も関連しているのだろう。さらに,侵略戦争の軍用弁当の歴史。駅弁は,日常の食の延長という側面とハレの日の行楽弁当という側面の両方をあわせもつ。何よりも日本的であることは「冷たい米」を食べるということ。米食の国々のなかで「冷たくなった」米を食べるところはない。コンビニの発展を支えたのも,コンビニむすびとコンビニ弁当。

20. 中食 持ち帰り総菜やデリバリーなどを中食と総称する。いまや行政用語でもあり,食の現在を理解するためのキーワード。統計を見ていると世帯の食費支出は80年代以降ほとんど変化はない。その一方で,「調理食品」への支出は1970年から2000年あたりにかけて7-8倍に増加している。要は家庭内で調理をしなくなったのだ。「おそうざい」という言葉の意味すら,「家庭でお母さんが作るもの」から「スーパーなどで買ってきて家庭で食べるもの」に変化してきている。

33. ゴーヤ 亜熱帯沖縄の野菜が東北の山村(福島市大波)の特産になりつつあるらしい。地球温暖化(今年の話題はマグロ漁の異変でした)が背後にあることは確か。それとともに「苦み」に対するわれわれの感受性,嗜好が変化しつつあるような気もしている。感覚知覚と心理の両面で。

22. ワイン なんと宮崎の沿岸でワイン作りが始まり,成功しているらしい。ブドウは寒く,痩せた土地の作物と思っていたが,そうでもないらしい。

23. 合わせ調味料 家で食べてもファミレスで食べても同じ味の秘密ここにあり。

24. あか牛 これからは黒毛和種(黒毛和牛)から褐毛(赤毛)和種である「あか牛」がブレイクするかもしれない。年齢のせいか,私なども肉だといってアブラを食べるようなことはしたくない。かみしめる肉の味を楽しみたい。そういえば,文脈効果はかなり合ったとは思うが,オーストラリアで何度が食べたステーキの味,ニュージーランドで食べたラムステーキの味はわすれられない。私にとっての肉の味の原点。とはいえ2007年の統計を見れば,黒毛和種75万2千頭に対し褐毛和種は1万2千頭。

25. 冷凍野菜 今年も,昨年に引き続き,食品偽装の嵐が吹きまくった。国内でも一部で国産野菜の冷凍販売が試みられている。中国産の3倍ほどの値段だろうか。それでも売り切れるという。個人的に野菜を作り始めて10年を超える。その経験から言えば,個人レベルとはいえ,野菜は一度にまとまった量が収穫される。タマネギ,ジャガイモなどはいい。そのままで保存がきく。菜もの(ほうれん草など)はぞっとする量が一度に収穫される。実は簡単な保存方法がある。茹でてあく抜きをしたあとに,冷凍してしまえばいいのだ。現在の家庭用冷蔵庫は強力。菜ものだけに冷凍もはやい。3ヶ月は十分にもつ。市民農園などちゃちなものでなく,小さな農園つき住宅を売れば結構いけるのではないだろうか。(すくなくとも地方都市では)。
1. 長寿王国・奄美 伝統的食は長寿・健康をもたらせる。沖縄のfast foodは1963年スタート。人口比は日本一。成人男性の肥満者比も日本一。やれやれ。

2. 国民食カレー 富士吉田市の居酒屋「糸力」のカレーが食べたい。カレールーの生産量は80年代以降鈍化。子どものいる世帯の減少を考えるとそれでも頑張っている。

3. 潜水艦ハンバーグ 密室の調理。

4. 天日干しの米 

5. フレンチの介護食

6. ガゴメコンブ 浜のやっかいものガゴメが健康食品として注目される。商品化へ。

7. ソフト断食 

8. 南極越冬隊の食事 ギョーザ事件に衝撃とは?冷凍食品に依存しているが故に。

9. ペットフード 2002年あたりから急にペットが増えている。なぜだろう?

10. ハラールフード イスラムの食。ブタダメ,アルコールダメ,肉ゼラチンダメ,油脂ダメ,動物性ショートニングダメ,動物性乳化剤ダメ,とさつ法にのっとっていないとダメ。

11. 離乳食

12. エゾシカのハンバーグ 釧路の「赤いベレー」で食べられる。札幌でもシカ肉入りスープカレーの店,「もみじそば」の店もでているらしい。貴重なタンパク源。
 *日本人は農耕民族だ,だから米と野菜と小魚を食べておれば健康になれる,という議論がある。そんなに単純な話しだろうか。今も広島ではイノシシの話題がつきない。山が国土の8割を占める国であるのだから,山の野生動物は多い。マタギの歴史を振り返りたい。さらに,漁民とは,狩人と非常に近い存在だと思う。鯨などは大変な漁であった。まさに格闘する。と考えると,米,米,米とばかり発想することに問題と若干の危険を感じる。
 昨日は,A2コピーをとりに広島市内中央へ移動。新聞のコピーを依頼すると拒否された。著作権をもつ新聞社の許可証がなければコピーできませんとのこと。なんと立派なことだろう。それでいて,自分自身でコピー機を使ってコピーされるのでしたら,どうぞ,とのアドバイス。セルフで新聞をコピーする(A2一枚100円をとられる)。

 一昨日は,何気なく見ていたテレビで札幌ラーメンベスト3というものがでていた。以前のブログで書いたAトンが2位。札幌情報で仕入れていた店はいずれもがノミネートされていない。どうでもいいやと思いつつ,「ラーメン摂取欲」を喚起されたらしい。翌日(すなわち昨日),ラーメン屋にいくこととした。

 コピーに手間取り,予定していた店ではなく,手近な,新規開店の「博多中州屋台」のキャッチを使うI竜という店に入る。なんと,醤油豚骨。これでは広島ラーメンではないか。すずめのラーメンスープを半分ぐらいに薄めたような味。これを「博多中州屋台」というなら,博多中州屋台連合会(という組織があるかどうかは知らないが)からクレームがつくだろう。ラーメン一杯650円,5時までだとライスとのセットで680円。明太子,高菜,白菜の浅漬け,チキンが食べ放題。定食屋さんと考えるとリーズナブルかもしれない。

 で,本日連休初日。久しぶりで家にとどまり(といってもこのようにPC作業を延々とつづけているが),朝食(というかブランチ,遅い朝食)を準備。以前に食べ残し,冷凍してあったアンデルセンのバケットを焼き,ジャガイモとタマネギの細切りをいためる。後者はさらに,バターで味付け,卵をからめてからフライパンに戻す(スペイン料理によくあるタイプのオムレツ)。その上にチーズをのせて,こぼれたチーズが香ばしく焦げ始めるとできあがり。サイドで焼いておいたソーセージとミニトマトで一皿ができあがる。飲み物は,オレンジジュースに,蒲刈のレモン一個を絞ったもの。

 カロリー的には450Kcalぐらいと思うが,食後しばらくは何もしたくなくなる。年をとって以降は朝はほとんど食べない(お茶やジュースを飲む程度)。昼とて,食事らしい食事をしないことが多い(私と接することの多い3年生が,私に発した最初の質問は,「先生はいつお昼を食べるのですか。」というものであった)。食べると疲れる。疲れると働きたくなくなる。で,日中はあまり食べない。その分,夜はしっかりと食べる(ダイエットには好ましくないと言われている)。
 私見だが,一日3回も食べる必要はない。食事の楽しみは一日一回で十分だと思う。その一回の楽しみすら確保できない人もいるのだが。。。
 共同通信で配信している「食再発見:変化のかたち」38回目の掲載誌サンプルがとどいた。今回のテーマは「合わせ調味料」。本文のキャッチコピーがおもしろい。3紙だけだが,「調理力を補うプロの味」「「匠の技」徹底分析」「経験と勘 科学で再現」「家庭の調理力低下を穴埋め」「簡単にプロの味実現」「調理レベルの低下を補う」「メーカーの味で画一化」と,新聞社ごとに異なる。そして識者(私のこと)コメント。これも新聞社によってさまざま。「独自の味付け 伝わる愛情」「便利だが外食に類似」「便利だが外食と類似」(微妙に異なる),「家庭の料理,外食と類似」など。
 共同通信は,私のコメントを含め,本体(文章)の配信を主として,レイアウト,コピーなどはそれぞれの新聞社が決めるということらしい。まったく同じ本体(文章)なのだが,受ける印象はだいぶ異なる。
 共同通信の方ではぼちぼち連載終了に向けた準備に入っているらしい。最初に相談に来られたのが去年の12月。あっという間の一年だ。今世界は,食の領域だけでなく,お金(経済)の領域で未曾有の変化をとげつつある。あふれかえっていたお金が,地球上から,信じられない規模で消失しつつある。アメリカで人がつまずくと,それにつられて世界のあちこちで人がつまずく,それが再びアメリカ人の背中を押す。アメリカの人はほぼ完全に転倒し,なんとか立ち上がろうともがいている。押しくらまんじゅうの中でそれを横目で見ているのが日本やアジア諸国の人なのだろう。本日,午前,一時的に日経平均は1万円を割った。日本の人も転倒しかかっている。。。

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