* これから続く「メモ・感情研究の難しさ」は書き手のメモ目的です。読まれることを前提としたものではありません*
昨年の11月あたりから,感情に関する「お勉強」がエンエンと続いている。老眼と花粉症の為に細かな文字が読みづらい。
{ 追記2/4 }感情は夢体験と似ている(豊富な夢体験については個人差が大きい。それ自身まだ解明されていない,はず)。目覚めた後に(感情表出の後に),夢(感情)の内容(質,強度など)を追認識していく。
*emotion=感情?
Damasio( Descartes' Error)は,"feelings of emotions"という表現を用いている(p.143)。翻訳書では,「情動感情」という表現があるからこの用語を指しているのだろう。
LeDoux( The emotional brain)の翻訳でも,「意識的な情動経験」という表現がでてくる。(ex., p. 60)。
Ekman(2003)のタイトルは,Emotion revealed: Understanding faces and feelings
これなど直訳すれば「暴かれた(解明された)感情(情動):顔と情感(感情)を理解する」となる。翻訳本は「顔は口ほどに嘘をつく」と原タイトルからおおきく離れている。emotion領域でこれほどfeelingsが前面に出てくるとどうすればいいのか分からなくなる。
emotion=情動,feeling=感情でいくべきか?
やっかいなのは日本の感情研究のパイオニアである松山(1993)が,日本感情心理学会の創設に際して寄稿した論文において,emotion=感情としていることだ。これではfeelings of emotionsは,感情感情かせいぜい感情情感になってしまう。
日本語では,感情体験という表現もある。
emotionsは,必ずしも意識的反応ではない。クルマにひかれそうになったときは,驚く前に身体が動いている。ぞっとする(恐怖)をあとから体験することになる。feelingsは,あくまで意識的,主観的体験に用いる用語だ。
これまではemotionをある時は情動といい,ある時は感情という,といった日本独自の使い分けがなされてきた(情緒という言葉もある)。これは弊害だ,と思って「感情」統合化を主張してきたが,そうも行かない様子。
感情=feelings
情動=emotions
気分=moods
情動感情=feelings of emotions
とするか,あるいは
感情=emotions
感情体験=feelings, feelings of emotions
気分=moods
とするか。。。。
{ 追記:090215 }
feelingをフィーリング,emotionを情動とするケース(余語)
feelingを気持ち,emotionを感情とするケース(斉藤)
もあり。
Kalatを読んでいくと,やはりfeel emotionという表現が出てくる(p.97)
実にややこしい。。。
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嫌悪の対象が自己に向かうと自己嫌悪が生じる。(多くのアメリカ人は認めたがらないようだが。。。)
では,自己軽蔑はどうだろうか。
自己怒りは?
やはり,怒り,軽蔑,嫌悪は対象が外部に存在する感情といえよう。
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「なにをそんなに怒っているのか」と言われて始めて,自分が怒っていることに気づくことがある。気づく前がemotion,気づいてから後がfeeling ?
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