「進化と人間行動」の感想 (16 Dec, 2008)

学生から提出してもらった「出席カード」(大きい方) に書かれていた感想・質問・苦情から。 どうも性淘汰の話と比べると精神疾患の進化的起源の話は難しくてあまり興味を惹かないようだ。あまり学生の評判は芳しくない。しかも、風邪をひいているせいでしょっちゅう咳き込んでしまい、聞きにくい授業になってしまった。申し訳ない。今年最後の授業なのにー。

アメリカ版DSMを日本語版に直して使われているのですか? もしアメリカ版DSMがそのまま日本の精神病院で使用されて、それによって人を障害者・健常者に分けていたのなら、大問題でないかと思います。

なぜ、そう思うのだろうか。むしろ、国によって病気の診断基準が異なる方が問題ではないか。

p.101の進化の結果が生じたメカニズムがうまく機能しない例で、「3. このメカニズムがほかのメカニズムとうまく協働しない」とありましたが、例えばどんなことなのでしょうか?

実は、教科書のここのところは説明不足だと思う。人の心理メカニズムは様々なメカニズムが相互に連携してうまく働く。例えば、他者との親密な関係を形成するためには、他者の意図をくみ取る能力や、他者についての情報を記憶する能力が緊密に連携して働く必要がある。意図を推測する能力はあるのに、人間関係についての記憶能力が失われた場合 (うまく協働しない場合) は、新しい関係を形成することはできなくなってしまうだろう。例えばそんな話なのではないないか。

講義で先生の話をきいてようやく理解できるというレベルなので、テストが心配です。

そうでなければ、困る。もし、教科書を読んだだけで完全に理解できる人なら、僕の授業には出てくる必要がないし、僕も必要がないということになってしまう。なので、当然テストでも「講義で話をきいてようやく理解できる」という人を想定した内容にする。ふつうに勉強すればパスできるテストだと思うので安心してほしい。

最近感想していてコンタクトがゴロゴロしやすくスライドを写すのが遅くなってしまうのでもう少しゆっくりして下さい。

僕は眼がよくてこれまでめがねもコンタクトもしたことがないので、そのつらさはほとんど理解できないが、「コンタクトがゴロゴロ」するなら、めがねをかけることをおすすめする。

心の理論の所でアンとサリーを使って説明していましたが、意味がよくわかりませんでした。

理解できないのは、心の理論がないからなのかもしれない。

講義が始まる前に友人とパソコンを見ていたら、先生が凝視していたと他の友人に言われました。何が目的だったのですか?

そんなものを見たつもりはないけどなあ。講義が始まる前は準備で忙しいし。

パワーポイントで緑色で書かれている文字でもちゃんと書く時間が欲しい。そこをしっかり書いておかないとノートの分かりやすさが減ってしまう。

そのくらいは自分で工夫しなさい。全部書き写す時間を取っていたら、授業が全然進まない。教科書の該当部分の情報をノートに記すとか、教科書自体に印を付けるとか、いくらでも方法は見つかりそうなものだ。あ、それと、「パワーポイント」なんて使っていない。

緑の文字のところなんですけど、教科書の何ページに書いているか書いていてほしい。わざわざ探すのがめんどう臭い。

僕も、何ページに書いてあるか書くなんて「めんどう臭い」。

先週あたりから、先生の話がつまらないです。やはり下ネタが含まれていないからですかね。

いいえ。「性的な話以外をおもしろいと感じることができない」ひとの問題! ちゃんと理解すれば今の話もとってもおもしろい。

自分の実際の評価をすごく知りたいです。人に聞けばよいのか、ネットで探せばいいのか教えてください。

頭の良さなら知能検査、成績の良さならテストの成績、人柄のよさなら友人の評判。

I先生の授業で日本人は自己卑下傾向が強いと習った。このことに関しては理由が色々あるみたいで面白い。

実は、「自分の能力を正確に推定できたらお金をあげます」という実験をやると、日本人の自己卑下は消失するということが分かっている。ここらへんの話もおもしろいね。

時間があまったら授業で『レインマン』の映画を一部でいいんで見せてほしいです。

残念ながら時間はあまりそうにない......。

今日の内容は今までと比べると、おもしろくはなかった。

という感想は結構多い。内容の問題なのか、教員の問題なのか、学生の問題なのか。

ノルアドレナリンの箇所が友人と教科書の表記が違うことに驚いた。1版 (注: 「1刷」のこと) は「ノルアドレナリン」、2版は「アドレナリン」、やはり版が後のものの方が良いのでしょうか。

変更があるということは、間違いがあったということだろう。原書に当たればどちらが正解だったか分かる。版は新しい方がよい。

「アキバ系」の人たちは、普通の人から見ると、やはり精神障害があるのだと感じました。

そんなことはない。「病気」というのは、本人に苦痛があって、社会生活を営むことに障害となるものなので、彼らが楽しんで萌えている状態を「病気」とはふつう言わない。趣味の範囲だ。

近親者とのsexを主としたAVも発売されているので、やはり人間は性欲に対して弱い生物だと思いました。

でも、実際に近親者と性交してしまうのはごく少数。AVで描かれているのがふつうと考えてしまうのは大きな間違い。あんなのを真に受けたらもてないよ!

ゴキブリはスプレーで殺すのではなく、スプレーの後に洗剤をかけると早く殺せますよ。

なるほど、来年の夏に機会があれば試してみよう。家に出たときも物理的につぶしてしまったが。

今日は、先生の様子がいつもと違い元気がなさそうでしたが、風邪ですか?

はい。体調管理は仕事の一部なのでお恥ずかしい限りだ。心配してくれてありがとう。

(子どものグラビア等を買うひと) は精神障害者ということになるんでしょうか? 二次元を愛するオタクとかはどうなっちゃうんですかね?

「子どもとか二次元にしか性欲を感じない」のであれば障害と言ってもいいかもしれない。でも、犯罪を犯すでもないし、本人も困っていないのであれば、それを「障害」とすることにどんな意味があるのだろう。

心理学と言っても心のケアなどの学問がメインではないと聞いてさらに驚きました。そして少しガッカリしました。

なぜだろう。「心のケア」なんかよりもっとおもしろいネタがたくさんあるのに。

例えば近親者に欲情するような人が世の中の大多数をしめたら、次は近親者に欲情しない人が精神障害者としてあるかわれるんですか?

この手の考え方は、何でも社会的に決められるという社会構築主義に近い。「近親者に欲情する者」が多数を占めることはあり得ない。一時的にそうなったとしても、世代を経ればそういう者はどんどん減少する。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.shudo-psy.net/manage/mt-tb.cgi/165

コメント(2)

「日本人の自己卑下傾向」は,「文化相対主義」「日本人の関係性重視の知覚傾向」という話しにつながる導入部分として取り上げた話題ですね。 “ほどほど”,“謙遜”,“あいまい(処理)”,“一歩譲る”ことといった「日本人らしさ」をポジティブに評価していくことの方が生産的ではないか,という結論(話しの流れ)だったと思います。論点を変えれば,自己卑下は「防衛は最大の攻撃」ということにも通じるかもしれません。例えば,議論をしていて相手が議論に負けそうになった時に,その負けを認めずに「自己卑下」の戦略にでられるとどうしようもありません。(文中のI先生より)

さっそくコメントをありがとうございます > I先生

日本人の「自己卑下」は、本当に「自分はだめなやつだ」と思っているわけではなくて、対人関係における戦略の一種なんでしょうね。「自己高揚」と「自己卑下」のどちらが有効な戦略として機能するかということは文化における均衡の問題としてとらえるべきなのかなと思っています。「たまたま」どちらかの戦略が有効になると、それが固定化するんじゃなかなあ、と。

コメントする

2010年4月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

このブログ記事について

このページは、NAKANISHI, Daisukeが2008年12月16日 22:25に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「Mac OS X 10.5.6アップデートとMac OSのセキュリティ」です。

次のブログ記事は「MacでMPEG-2」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.21-ja