たけしのニッポンのミカタ! 「占い」なしでは生きられない!

たけしのニッポンのミカタ! ABO FAN

2009年8月14日にテレビ東京で放送された「たけしのニッポンのミカタ!」の「『占い』なしでは生きられない!」に出演した。残念ながら広島ではテレビ東京系の番組が見られないが、さっそくYouTubeに動画が載っていた (そのうち消されるかも) ので、拝見した。残念ながらこの動画にはスタジオの様子までは出ていなかったが。

さて、冒頭のURLでさっそくABO FANさんがコメントしていた。いくつかABO FANさんのコメントに回答しておこうと思う。

まず、

中西さん→データに差がない→血液型による差がない

山岡さん→データに差がある→マスコミによる影響→本当は血液型による差がない

と、データの解釈をめぐって、2人は正反対の立場を取っている

とのことだが、これは多分誤解だ。僕の意見は、山岡さんの意見と矛盾しているわけではない。様々なデータの汚染 (マスコミによる影響であったり、書物であったり、周囲の人々の影響であったり) によって、ある特定の質問への回答が、血液型によって歪む (つまり差が出る) 可能性があるからだ。例えば、能見正比古さんの『新・血液型人間学』あたりを読ませた後で、彼の本の中に出てきた特徴を示し、「あなたに当てはまりますか?」と質問したとしたら、差が出てもおかしくはないだろう。僕が300名を対象に行った調査では、そうした「汚染」ができるだけ少ない状況でデータを採ったので、差がほとんど出なかったのだ。

見方を変えれば、「事前にどのような情報に接していたか」で変動する部分というのは、「性格」とは言えないのかもしれない。性格はある程度安定したものであるという前提があるからだ。ちなみに、性格が状況を超えてどの程度人間の行動を予測できるか、という点については僕は懐疑的だが、話がズレるので、この話はまた今度。

ところで、どうしても、大きな差を出したいならどうすればいいでしょうか?

番組でも言っていた、有名な性格特性 (「几帳面」「我が道を行く」「大ざっぱ」「変わり者」...といったイメージ) を採用すればいいはずですよね。v(^^)

簡単でしょう! (笑)

これはその通り。この問題は、さきほど書いたデータの「汚染」と関係があるように思う。僕自身が使った10項目は、能見正比古さんがA型の特徴としていたものから適当に抜粋したもので、これらの項目を選定したのには特に積極的な意味はない (つまり、信頼性も妥当性もきちんと検討された上で精査された項目ではない)。そういう意味で、学術的な調査としては完璧ではない。これらの調査は、デモンストレイションとして行ったものなのである程度は仕方がない。当初僕は、番組制作会社に、本格的な性格検査を日本人全体を母集団とした無作為抽出でやるのがいいと進言していたが、コストの関係からボツになった。テレビ的には、ある程度のコストで、視聴者に分かりやすいように呈示するという戦略を採るのは責められないところだろう。

ちょっと寄り道してしまったが、なぜ、「几帳面」とか「変わり者」といった項目を採用しなかったかというと、そういう項目を使うと、血液型別に差が出る可能性があるからだ。こういった「有名な項目」は多くの人々に共有されている可能性がある (実際に、どの程度共有されているかを検討してみるのはおもしろいかもしれない。昔そういうことをやった人はいたが、データがもう古いので)。つまり、既に「手あかのついた」あるいは「汚染された」項目である可能性があるのだ。「A型は几帳面」ということを血液型性格判断の知識として持っているA型のひとが「私は几帳面な人間である」という項目を示されたときのことを想像してみてほしい。バイアスのかかった回答をしてしまうのは想像に難くない。そして、そこで得られた差は、真の性格を示しているとは言えないだろう。そうしたライバル説明 (知識の汚染) が入り込む余地があるので、このような項目を使うのは適切ではないのだ (でも、実際に差が出るかどうか、ちゃんと調べてみないとね)。

ところで、最後の説明で、中西さんは「なぜ血液型占いを信じるのか?」に対して「血液型というのは4種類ですから覚えやすいし特徴も出しやすい!」と結論付けています。

しかし、最初の部分では、「血液型性格判断で述べられている性格特性は、誰にでも当てはまるような特性であることが多い!」とも言っています。

あれ〜〜????

常識的に考えて「覚えやすいし特徴も出しやすい」性格特性が「誰にでも当てはまる」というのは矛盾します。

番組を見て、そういう印象を抱くのは無理からぬところだろう。あれでは説明が不十分だ。それに僕が発言した「特徴も出しやすい」というのは、ちょっと正確ではない気もする (できればスルーしてほしい発言だ)。「どうして血液型性格判断がこんなにはやったのか」分かりやすい説明をしてほしいと言われたのだが、基本的にはこれは歴史の問題だから (つまり、たまたまそうだった、というのが僕の意見)、説明が難しい。

これも「知識の汚染」と多分関係する問題だろう。「汚染された」特性に関しては、「覚えやすいし特徴も出しやすい」のだが、そうではない特性に関しては「誰にでも当てはまる」ものが多い、という話なのではないだろうか。これに関してはさらに検証が必要だと思う。例えば、汚染の程度と、血液型による差の出やすさとの間に正の相関が得られるという仮説を立てて、調査をしてみるといい。誰か卒論でやらない?

追伸: ABO FANさん、ご意見ありがとうございました。

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たけしのニッポンのミカタ!   「占い」なしでは生きられない!   テレビ東京 8/14 (金) 22:00 ~ 22:54 では血液型を取り上げました。... 続きを読む

 たまたま、「たけしのニッポンのミカタ!」ってやつを見てました(普段は見ない)。血液型性格判断の話があるというので。ウェブサイトはこちら 。... 続きを読む

コメント(2)

番組は見損ねたのでYouTubeで見ました。ごくろうさまです。さすがにうちの学生に聞くと、ほとんどの人が血液型性格判断を信じていない、と答えます。ただ、科学的根拠がないのを分かったうえで話題にする人もいるようなので、根拠があるかどうかというよりも、なぜ人間はこんなものを信じてしまうのか、という方が重要だと思います。

なぜこれがこんなに流行っているのかというと、他人をカテゴリー分けし、属性で判断する方が楽だから、というのはあるのでしょうね。特に日本人でその傾向が強い、なんてこともあるのかもしれません。

小田亮さん,
> 根拠があるかどうかというよりも、なぜ人間はこんなものを信じてしまうのか、という方が重要だと思います。

社会心理学者の基本的なスタンスはそうですね。「血液型によって性格が異なるか」という問題について、メカニズムまで踏み込んで議論するとなると、心理学内部の理論だけではどうしようもない、ということもあるかと思います。同一染色体上にABO式血液型を決定する遺伝子と、性格に影響を与える遺伝子がセットで載っているという可能性もあるかもしれませんが、それは検証が必要な問題だし、もし、そうだとしても性格に与える影響はかなり少ないと考えるのが妥当と思います。

あとは「A型は几帳面だ」という「知識」による汚染 (思い込み) の問題ですが、思い込みがあるということと、実際に行動に影響を与えるかどうかという問題もまた検証が必要な問題ですね。もし、性格検査に回答する直前に血液型性格判断に好意的なテレビ番組を視聴していて、そのことが性格検査への回答をゆがめているとしても、そうした影響が永続的でない限り、性格が血液型によって左右されることにはならないだろうと思います。一部の社会心理学者は、そうした思い込みによって「予言の自己成就」が起こっていて、血液型と性格との間に一定の相関が得られるようになる可能性について警鐘を鳴らしていますが、その影響力も一時的なものか、あるいは非常に微細なものなのではないかというのが僕の意見です。実験計画を工夫すればなんとか検出できる程度の影響しか与えていないのではないか、と思います。

> 他人をカテゴリー分けし、属性で判断する方が楽だから、

そういうやり方で人の行動を予測することによって、不確実性が低減できるつもりになるというのはあるでしょうね。

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このページは、NAKANISHI, Daisukeが2009年8月16日 12:20に書いたブログ記事です。

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